第九話

 沸騰した熱を演者に浴びせるように、歓声が舞台を包み込む。円形になぞらえて出演した団員も丸くなり、客席に向かって手を振った。ジラソーレも同様に。右隣にいるサクラの胸元の服や腰の紐には札束が捻じ込まれており、今日も大漁だったようだ。左隣にいるダフネはせっかく整えた髪が変身魔法によって三つ編みが緩くなって解けかかっている。

 拍手の音が次第に収束していき、静寂の音が大きくなった―――最後にもう一度メディチ侯爵が礼をして、舞台から悠々と退場する。波が引くように団員もはけていき、誘われるようにジラソーレも続いた―――終幕。


「楽しかったか?」

 自室のテントに戻って、鏡台に向かい合い濡れた布で化粧を落としていると、分厚い布が開かれた音がした。響いた声に視線を向ける。そこには髪を下ろしたダフネが、柔和な笑みを浮かべて立っていた。

 頷く。

「はは、そうか―――ユーリさんが呼んでる。馬車の中で待っているそうだ」

 また、頷く―――最近はメディチ侯爵の呼び出しが極端に増えている、と思う。対になる踊り子の件か、はたまた別の要件か。

「大丈夫か?」

 ジラソーレの不安の揺らぎを感じ取ったのか、ざり、とテント内に足を踏み入れたダフネが顔を覗き込む。ふる、ふると頭を揺らして”大丈夫”だと、ジラソーレは意思表示した。

「そうか―――早めに行くんだぞ」

 一瞬、ダフネの美しい顔にはめ込まれたマルーンの瞳が翳る。そしてすぐに優しい面持ちに変化して、ジラソーレの栗色の頭に触れた。

 ジラソーレは視線を落としながら頷くと、彼は柔らかい足音でテント内を去った。撫でられた髪の温度に追いすがるように触れて―――重たい息を吐く。

 早くいかなければ。ベッドに倒れ込みたい衝動を抑えて、ジラソーレは纏っていた衣装を箱に投げ捨てた。

 白いシャツとスラックスに着替えて、雑踏の波が引いた敷地の外へと向かう。サーカスが行われる舞台のあるテント裏には団員の居住地であるテント群があり、さらに道を抜けた奥にはメディチ侯爵の別荘があった。

 メディチ侯爵は、このフィオレニア王国ではそれなりの良い身分らしく、巡回公演する四つの地区に別荘を持っている。本拠地は中部にあるリオマにあるようで、合わせて五つ屋敷を所持しているらしい。この国ではとんでもない大金持ちでない限り不可能のようで、話を聞いたダフネは顔を顰めていた。

 木々がざわざわと風に靡いて騒々しい。薄暗い月明かりの中、ぽつんと陰に隠れるように黒塗りの馬車が待機していた。ジラソーレはおっかなびっくりでその馬車に近づく。付近で待機していた御者がジラソーレの存在に気付き、言葉も交わさずに扉を開けた。

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