第四話

 朝食を終え、日中は稽古に充てられる。そこで準団員のメンバーは実際の舞台で稽古をしている。逆にレギュラーメンバーであるジラソーレやダフネ、サクラを含む団員は街で広報活動をしたり、気が向けば準団員に混じって稽古をしたりと自由に行動することが許されている。

 他のメンバーは自由だが、ジラソーレは稽古一択だ。

 円形の舞台を囲うよう階段状に客席が設置されており、舞台奥に演者の出入り口があった。その真向かいには客の出入り口があり、舞台出入り口を挟むように高い鉄骨塔が建てられている。

 一通り、本日取り行う演目の復習を終えたところでジラソーレは白いブラウスで汗を拭った。

「ジラソーレ」

 低く、威圧感のある声が名前を呼ぶ。視線を向けると、シルクハットにスーツ、杖といういつもの三点セットを身に纏ったメディチ侯爵が演者の出入り口付近に立っていた。首を傾げると、呆れた表情で口元を歪めながら手招きする。

 とた、とたとメディチ侯爵のもとに駆け寄ると、彼はまた呆れたようにジラソーレの視線より幾許か低いこめかみを抑えた。

「稽古中は構わないが、私のもとに来る時は靴を履け―――よい、今回は大目に見る」

 彼の言葉によって素足であったことに気付いたジラソーレは、靴を探しに身体を翻そうとするがメディチ侯爵がその行動を制する。恥ずかしくてジラソーレが頬を掻くと、彼は呆れたように肩で息を吐いた。

「身体の調子は悪くないか?」

 両手で大きく丸を作る。昔から身体は丈夫な方だ。

「そうか―――明日の休みにお前の相棒を探しに行こうと思う。来るか?」

 メディチ侯爵は、とん、とんと杖で床を小突く。

 相棒―――つまり、男踊り子の相棒である。ジラソーレ以外の踊り子は全員女性であり、肩身が狭い思いをしてきた。今ではある程度打ち解けたと言えど、ダフネ以外の団員とは上手に会話ができないでいる。その配慮か、数ヶ月ほど前にメディチ侯爵より男踊り子を増やそうという提案を受けた。ジラソーレとしては同性の踊り子が増えたところで変化があるとは思えないが、せっかくということで了承したのだ。

 行く、と返事をしようとして―――ジラソーレは口をつぐんだ。

「都合が悪いのか?」

 その様子にいち早く気づいたメディチ侯爵が緩慢で上品な動作で首を傾げる。

『ダ フ ネ』

 彼に伝わるように身を屈めながら口を動かすと、納得したように彼は「ああ」と頷いた。

「分かった。明日は私が勝手に見るとする。ただし文句は言わせないぞ―――もし気が合わないとしても上手くやるんだ」

 ジラソーレが相槌を打つと、満足したようにメディチ侯爵は背中を見せて舞台のさらに奥へと消える。

 なんだか胸の奥でざわざわとした不快な予感が湧き上がった。こういう勘は外れたことがない。ジラソーレはそれを誤魔化すように何度か栗色の頭を掻くと、稽古をするために舞台へと戻っていった。嫌な予感が当たらなければいいという願いを込めて。

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