第五話
夜になると稽古の聞き慣れた雑踏が消えて、ありとあらゆる不透明な声がテント内に響く。
衣装に身を包んだジラソーレは舞台裏にある鏡で、何度も身だしなみをチェックした。深紅の生地の薄い、ひし形の服が腹と胸を覆い、首の後ろと背中の二箇所で固く結び留められている。背中を覆い隠す布はなく、寒い時期は地獄の衣装だ。晒された両腰を隠すように深紅の薄いレース生地が巻かれており、身体を動かす度にしゃらん、しゃらんと生地に縫い付けられた宝石が音を立てた。下半身は白くゆったりとしたパンツを履いている。
髪の毛を整えようと腕を上げると、二の腕と手首につけられた黄金色の腕輪がずれ落ちて鬱陶しい。衣装に合わせた赤い石のピアスもつけ忘れていない。
安心したように息を吐いて、深紅色のベールの両端を木の棒で巻き付けて縫い付けた―――ファンベールに似た小道具を手に取る。一つの布なので両端にある棒を重ねて片手で空中を揺蕩わせることも、両手に広げて舞うこともできるので、大変使い勝手が良い。ジラソーレはお気に入りの小道具を力強く握りしめて開演を待った。
暗がりから覗く客席の爛々とした明かりはいつまで経ってもジラソーレの胸を高鳴らせる。心地よい緊張感と高揚がたまらなく愛おしいと感じてしまうくらいに、この瞬間が大好きだ。
『お集まりいただきましたお客様、本日はご来場いただき誠にありがとうございます。私、主催のメディチ・ユーリと申します。このサーカス団・フィエスタを設立して、幾度とこのマノの地で公演をさせていただきました。本日が今年の最終公演となります。どうぞごゆっくりお楽しみくださいませ。それではまず最初の演目は”世にも珍しい男踊り子”からご覧ください!』
メディチ侯爵の声の後、ゆっくりと豪華絢爛な音楽が奏でられる。生演奏だ。明るかったテント内も照明が薄暗くなり、本格的な開演を告げた。
ジラソーレは音楽に合わせて、舞台へと蝶のように飛び込んだ。途端、音楽が激しいものに変わる。まだ照明の熱が残っている床を踏みしめ舞台中央に移動しながら、手に持っていたベールで大きく円を描いた。
薄明りの中で輝く深紅のベールはまるで蝶の鮮やかな翅のようだ、と評されているらしい。ベールの中に入れ込まれた小粒のラメが、まるで蝶の鱗粉のようだと巷で言われている、らしい。
幾度となく形の違う円を描く。手で回して、両手を広げて身体ごと回って。息が切れて、汗がぽたり、ぽたりと床を濡らしていく。もっと届け、もっとたくさんのお客様にこの楽しさが届け。そんな願いを込めながら誘惑するように回り続けた。
は、と近くで息を呑んだ音が聞こえる―――観ている客も、ジラソーレの勢いのある力強いダンスに圧巻されたらしい。そして一曲が終わったタイミングで、ベールの小道具を置いた。
また違う音楽が流れ始める。太鼓の音がよく響いた―――それに合わせて、ジラソーレは出入り口に向かって手招きをする。すると舞台裏で待機していた踊り子たちが花のように可憐に舞い込んできた。
照明が一気に明るくなる―――ここからまた違う演目が始まった。
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