第11話

レルマの視点:


「誰に! どこへ!」

「わかんねえ! 複数人に抑えられて、無理やり引き剥がされちまった!」

「フーレくん! あの人たちかも!」

 僕が指差したのは、黒い布に覆われた箱を運ぶ、四人組の研究員の人たちだった。その人たちは、僕が怖い思いをした時の四人だった。絶対あの人たちに違いない!

 僕はその人たちに向かって走り出していた。

「止まってください! その箱の中身はなんですか!」

 僕は箱に飛びかかろうとした。この中にミィニャちゃんがいるに違いない! けれど別の人に取り押さえられてしまった。

「なんですか危ないですよ!」

「ミィニャちゃん! そこにミィニャちゃんがいるんでしょう!?」

 僕は羽交締めにされて、でもとにかく暴れた。けれど相手の人の方が強かった。僕はもっと暴れた。

「おしりちゃん! おしりちゃん出てきて! 助けてよ!」

 僕は天井に向かって叫んだ。すると天井からいくつものツルが勢いよく伸びてきて、四人の研究員の人の手足を縛った。一人が箱を落とす。覆っていた黒い布がめくれる。そこにいたのは、かごに入れられたミィニャちゃんだった。

「ミィニャちゃん!」

 おしりちゃんのツルの勢いで投げ出された僕は、ハイハイの姿勢でミィニャちゃんに近づく。研究員の一人が僕の手の甲を踏みつけた。痛い! でも!

「ミィニャちゃ……!」

「そこまでですよ」

 低くて底知れない声が響く。その途端、あたりはシン、と静まり返った。コツコツとしたブーツの音と、コートがはためく音。現れたのは、まさに渦中のその人、ヴァーデルラルドだった。

「ラボの中で喧嘩とは、いけませんね」

 ヴァーデルラルドは悠々と歩いてくると、ミィニャちゃんのかごを、ひょいと拾い上げた。

「まっ、待って……!」

 僕はミィニャちゃんのかごを取り戻そうと手を伸ばした。けれど、ヴァーデルラルドはそのかごを持ち上げて、僕の手の届かないところへやってしまった。

「だめですよ、レルマさん」

「ミィニャちゃんを返せっ……!」

 僕はジャンプして、ヴァーデルラルドに掴みかかって、強く揺さぶって、けれど、どれをやっても、ヴァーデルラルドはびくともしなかった。

「おしりちゃん! 助けて! ミィニャちゃんを取り戻して!」

 天井に向かって叫ぶ。けれど、おしりちゃんは何も言わなかった。それどころか、研究員の人たちを縛っていたツルをゆっくりとほどいて、するすると天井に引っ込めてしまった。

「なんで……」

「いい子ですね、シリ」

 ふと、おしりちゃんが「偽物でも愛している」と言っていたのを思い出した。なんで、こんな時まで。

 助けを求めるように周りを見渡すと、何人もの人たちが、ピタリとも動かず、僕をじっと見ていた。もう言ってしまえ。僕は叫ぶように言った。

「皆さん聴いてください! ヴァーデルラルドはミィニャを非道な実験に使おうとしているんです! ミィニャはそれで死んでしまうかもしれない! だから助けてください!」

 僕は言った。けれども、次に続いたのは沈黙だった。周りの人はざわつきもしない。なんで。

 僕はよろよろと歩いて、周りにいた人の一人に掴み掛かった。

「うわっ」

「なんでっ……ミィニャちゃんが殺されるかもしれないのにっ……!」

 胸ぐらを掴んで揺さぶる。

「なんで無視するんですか!」

「いや、だって……」

 困ったように、けれどまっすぐこちら見て、その人は言った。

「でもそれって、ボスの決定なんでしょう?」

「え?」

 それって、それって、ヴァーデルラルドの決めたことなら何でもいいってこと?

 その考えを見透かしたように、その人は続けた。

「ボスの決めたことなら何か意味があるはずです。ボスはこれまでずっと、俺たち普通の人間には考えつきもしない方法で、地球再生を進めてきたんですよ。それならボスの意見には素直に従うのが賢い振る舞いでしょう」

「ヴァーデルラルドの言うことならなんでもいいってこと……?」

「そりゃ、あまりにまずい内容なら、俺たちも止めますよ。当然じゃないですか」

 周りを見ると、他の人たちも各々うなずいて、人の海がさざなみのように揺れていた。

 あり得ない。これで止めないのなら、本当に、何でも従うってことじゃないか。ミィニャちゃんが死ぬのは「まずい内容」じゃないってこと?

「でも、ミィニャちゃんは、イェレイくんの大事なペットなんですよ……?」

「イェレイさんには申し訳ないですけど、トップはボスの方ですから」

「でもあのヴァーデルラルド、偽物ですよ」

 言ってしまった。ハッとして周りを見渡す。けれども、周りの人たちはまた黙ったままだった。沈黙を破ったのは、目の前の研究員の人だった。

「それ信じてるんですか」

「え?」

「それ、ここにいるみんな、シリに言われてますよ」

「え?」

 周りを見渡す。全員ではないけれど、何人かは頷いていた。

「でも信じるわけないじゃないですか、そんなデタラメ。真に受けてるのはきっとあなただけですよ。だって、普通に考えて、あり得ないでしょう、そんなこと」

「え……」

 僕は天井を見る。植物はカサリとも動かなかった。

 どういうこと? おしりちゃんは僕だけに言ったんじゃなかったの? みんな知ってたの? 僕がわざわざ隠しながら調べて回ってたのは、一体なんだったの?

 僕は呆然と立ち尽くしてしまった。研究員の人を掴んでいた手は、だらんと力が入らなくなってしまった。

「申し訳ありませんね、レルマさん」

 ヴァーデルラルドがコツコツと歩いてくる。

「ミィニャのことは、我々がよく調べなくてはならないのですよ」

「は……」

「レルマさん、あなたもご存知のように、ミィニャには自己再生という驚くべき性質があるのです。この性質の解明は、人類の更なる発展に大いに貢献するでしょう。レルマさん、あなたのお友達が世界を救うかもしれないのです。これは喜ばしいことではありませんか?」

「そんなの……」

「大丈夫、安心してください。実験での苦痛は最小限に抑えるつもりですよ」

「っ……!」

 僕はヴァーデルラルドからミィニャちゃんを奪おうとした。けれど、片手で頭を押さえられてしまった。僕の手は届かなかった。

「おや、乱暴はいけませんね」

 後ろからぞろぞろと別の人たちが来て、僕のことを取り押さえた。暴れようとした。けれど僕には、もう、四人の大人に抵抗するだけの力がなかった。

「では、私はこれで失礼しますね」

 ヴァーデルラルドは優しく手を離して、くるりと踵を返した。

「さあ、皆さんもお仕事に戻ってください。今日はあともう少しです。皆さんの頑張りにはいつも感謝していますよ」

 ヴァーデルラルドがコートをはためかせながら去っていく。その後ろ姿が見えなくなってようやく、僕は解放された。

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ミィニャ 立川てつお @ttachikawa

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