第10話
レルマの視点:
「フーレくん……!?」
「いくら連絡しても返信がないから変だと思ったんだ」
「でも、どうしてここに……」
「計算機室の前を通りかかったらいきなりミィニャが出てきたんだ。で、僕を部屋の中に引っ張り込んだんだよ。そうしたらトールードがいて、お前が外に連れていかれたって話を聞いた」
「トールードって……?」
「緑のモッズコートのエンジニア。お前も見たんじゃない?」
「ああ、あの人か……」
チーズケーキを食べながら、ヴァーデルラルドの話をして楽しそうにしていた姿を思い出す。あの人ってエンジニアだったんだ。
「それよりミィニャちゃんは? ミィニャちゃんは無事なの?」
「あいつなら今トールードが面倒見てるよ。ミィニャ、ヴァーデルラルドに狙われてるんだって? それ聞いて、トールードの奴張り切ってるよ」
「そっか……」
それを聞いて、ひとまずほっとする。あの人ならちょっと信用できそうだった。
「とにかく、何があったんだよ。こんな汚いとこで寝てるなんて、まさか、社員証でも取られたのか?」
「うん、そう、まさにその通り。ついでに端末も取られちゃった」
「本当に……!? 信じらんない、誰がそんなこと」
「知らない人。いきなり呼び出されて無理やり取られちゃった」
「なんでそんなこと」
「わかんない。ジルケとかヴァーデルラルドのこと調べてたからかな。わかんないや」
「……もし本当にそれが原因なら、お前は意味のあることをしたってことだな。さしずめお前を追い出したのはヴァーデルラルドの部下で、だとすればヴァーデルラルドはジルケについて相当触れられたくなかったってことだろ」
「うん……」
「ま、事情はわかったよ」
意味のあることをしたと言われて、僕は少し嬉しかった。と、同時に、今更だけど、やっぱり僕はとんでもないことに関わってしまったのだと怖くなった。けれどそれ以上に、濁った空気のせいで息が苦しくて、色々考える余裕はあまりなかった。
僕がぼんやりしていると、フーレくんは突然、自分のガスマスクを外し始めた。
「これ、付けてろよ」
そう言うとフーレくんは、外したそれを僕に渡してくれた。素顔のフーレくんは、僕が思っていたよりも幼い顔立ちで、丸くてぱっちりとした目をしていた。
「え……?」
「こんなきったない空気の中じゃ苦しいだろって言ってんの! いいから付けろよ!」
「う、うん。ありがとう……」
「そもそもなんでお前マスクつけてないんだよ」
「なんでって、邪魔だから……」
「はぁー? 意味わかんない」
「でも、ラボの空気はきれいだから……」
「……まあ、それはそうだけど」
ガスマスクをつけ終えると、苦しさはだいぶマシになった。でも、これはフーレくんが苦しくなっちゃうんじゃ……
「じゃ、僕はもう行くからな。ちょっと掛け合ってくるから、お前はそこで待ってろよ」
「え?」
「ずっとこんなとこにいたら塵で服が汚れる。だから僕はもう戻る。いいからお前はここで待ってろ。いいな?」
「え、ちょっ……」
フーレくんは僕の返事を待たずに、ラボの中へ戻ってしまった。「掛け合ってくる」って、なに? どういうこと?
もう一時間は経ったのかもしれない。時計がないからわからないけれど、きっとそのくらいは経っていたと思う。僕は相変わらずラボの外で、座り込んで空を見ていた。
フーレくんにいいから待ってろと言われたから大人しく待っているけれど、正直気が気じゃない。ミィニャちゃんは本当に大丈夫なのかな。ミィニャちゃんに何かあったらどうしよう。フーレくんのガスマスクのおかげで息の苦しさは無くなったけれど、気持ちが急いて、ずっと落ち着かなかった。
もともと暗かった空が、もっと深く、暗くなっていく。太陽は沈んで、空気はどんどん冷たくなっていった。寒い。室内で過ごすことしか考えていない薄着のせいで、体が凍えて、はっきりと体調が悪くなっていくのを感じる。少しでもマシにするために、立ち上がったり座ったりを繰り返してみたりもしたけれど、疲れるだけで寒さがまぎれることはなかった。
走ってみようかな。と、思った時だった。ラボのエントランスドアが開いて、フーレくんが現れた。フーレくんは顔に新しいガスマスクをつけていて、左手には水の入ったペットボトルを持っている。フーレくんはポケットから小さなカードを取り出すと、「はい、これ」と僕に差し出した。
「これって……」
僕はカードを見た。見て、そのカードが何であるかを理解して、僕は思わず二度見してしまった。
「社員証……!?」
「偽造だけどな」
確かに、よく見ると顔写真は僕のものじゃないし、というより、名前以外の部分は全部デタラメだ。
「トールードの奴に作ってもらった。あいつ、ああいうヘンなこと得意だし、お前のこともなんか気に入ってたみたいだし」
「そうなんだ……ありがとう……!」
「あとこれもやる。マスクなしでずっと外にいたんじゃ、喉もやられてるだろ」
そう言うとフーレくんは、片手に持っていた水のペットボトルを僕にくれた。
「わ……なにからなにまで……!」
「さっさと中入るぞ。こんなとこにいたら服が汚れる」
「うん!」
フーレくんはドアの読み取り機に社員証をかざすと、すたすたとラボの中に入って行った。僕ももらった社員証をかざす。すると、ドアはいつものように開き、僕もいつものように中に入ることができた。偽造社員証ばんざい!
空調の効いたラボは、驚くほど快適だった。
「やっぱりラボの中は快適だねぇ!」
「よかったな」
僕たちはひとまず、ミィニャちゃんとトールードのいる計算機室を目指すことにした。歩きながら、フーレくんは僕に言った。
「報告がある」
「え? なに?」
「お前に頼まれたミィニャの成分解析、終わったぞ」
「ほんと!?」
「ああ、それなんだけど……」
「うん」
「イェレイさんは、一体『何』を飼ってるんだ?」
「何って……?」
「ミィニャから『人間』の成分が検出された」
「人間?」
「……え? ミィニャちゃんから? 人間の成分……?」
「正確には、ミィニャの血液から、人間のコアでしか生成されない物質が検出された」
「え……」
「細胞もかなり人間のものに近かった……というよりあれは、火傷とか毒で変質した人間の細胞っていう感じだったな」
「なにそれ……」
トゥルルルルル! 突然フーレくんのポケットから電子音が鳴り出した。フーレくんは端末を取り出すと、「トールードからだ」と言って電話に出た。電話口から「もしもしィ!?」と声が聞こえてくる。トールードさんの声は大きくて、スピーカーにしているわけでもないのに、はっきりと聞き取れた。フーレくんはうんざりしたような声でそれに応じたけれど、次に続いたトールードさんの言葉で、僕の背中に冷たいものが走った。
「ミィニャが連れてかれちまった!」
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