第8話

レルマの視点:


「言っとくけど、空き時間にやるだけだからな!」

 実験室でフーレくんはそう言うと、ミィニャちゃんから色々なもの(よくわからないけど本当に色々なもの)を採取して、「結果が出たら連絡する」と僕たちを帰してくれた。

 これで、ミィニャちゃんとヴァーデルラルドの不死身の謎については、フーレくんにある程度任せることができた。次に僕は、もう一つの「気になっていたこと」に取り掛かることにした。

「ジルケっていう人……やっぱり怪しいよね」

 ミィニャちゃんも頷いてくれた。やっぱり、ジルケの死は今回の事件に何か関係がある。ジルケの死には怪しい点が多いし、何より……

「イェレイくんはジルケが死んだことを『隠して』いたんじゃないかな」

 イェレイくんは、ジルケが死ぬ前も死んだ後も、ずっと同じようににこにことしていた。僕はそのことがどうしても気になった。

 僕は聞き込み調査を再開した。ただし今度は、ヴァーデルラルドでもイェレイくんでもなく、ジルケのことを聞くために。

 聞き込みをするうちに、少しずつジルケの人柄が見えてきた。ジルケは常に研究第一の人だったということ、仕事では非常に優秀だったということ、研究以外では何を考えているかよくわからない人だったということ、やりたいことのためには手段を選ばない節があったということ、それゆえとにかく人望がなかったということ、イェレイくんとは本当に仲が悪かったということ、それでもごく一部の人たちだけは、ジルケのストイックな姿に心酔していたということ、など。ジルケは、研究員の人たちの中ではそれなりに有名人のようだった。

 それにも関わらず、ジルケの死んだ事件については、多くの人はあまり気に留めていないようだった。そもそも、ジルケが死んだことを、今の今まで知らない人も多かった。僕は少し不思議に思った。特に後者について。ジルケのことは知っているのに、そのジルケが死んだというニュースは少しでも耳に入ってこなかったのだろうか。ジルケの死は、ひょっとしたら、意図的に隠されていたんじゃないか。



「すみません」

 僕は引き続きジルケの調査をしていた。僕が話しかけたのは、四人の研究員の人の集団だった。僕が声をかけると、そのうちの一人が愛想良く「はい、なんでしょう」と答えてくれた。

「ジルケさんっていう人について聞きたいんですけど……」

 僕がそう言った瞬間、四人の人全員が一斉に、ぐりんと首を向けてきた。

「ジルケさんの、何が聞きたいんですか?」

 研究員の一人がずいっと顔を寄せて聞き返してきた。さっきまでの愛想が嘘のような、淡々とした、圧のある声だった。怖い。僕はたじろきながらも、なんとか答えた。

「えっと、そうですね、まずはどんな人だったかとか……」

「なぜ?」

「なぜって……」

 僕がどう答えようか迷っている間も、四人はじっとこっちを見ていた。答えるまで許さないという感じだった。

「き、気になったからです。イェレイくんの同期にそういう人がいたって聞いたので……」

「そうですか。あの人は研究熱心でストイックな人ですよ」

「私たちはあの人を尊敬しています」

「このラボは、あの人のことをわかっていない人間が多いですがね」

「皆、あの人のようになれば、仕事が遥かにスムーズに進むのに」

 四人の人はそう口々に答えた。明らかに、今まで聞き込みをした人とは雰囲気が違った。もしかしたら、この人たちは「ジルケに心酔していたごく一部の人」なのかもしれない。

「それで、なぜあなたはジルケさんのことが気になったのですか?」

 四人のうちの一人がもう一度聞いてきた。

「えっと、だからそれは、イェレイくんにそういう同期の人がいたって聞いて、気になったから……」

「なぜ?」

「え?」

「本当にそれだけが理由ですか?」

「え……それは……」

 研究員の人は、僕にぐいっと顔を寄せた。僕は泣きたい気分だった。こんなふうに詰められるのは初めてだったから。チラッとミィニャちゃんの方を見ると、ミィニャちゃんはそれに気がついて、小さく僕の足に頭突きしてきた。そうだよね、ここで負けてる場合じゃない!

「き、気になったものは気になったんです! 答えられないわけじゃないんだったら、答えて欲しいです!」

「ほう……」

「まあいいではないですか。何も邪険にすることではありません。答えてあげましょうよ」

「それもそうですね」

 研究員の人は体を引いて頷いた。ひとまず見逃してもらえたようで、僕は胸をなで下ろした。

「じゃ、じゃあ聞きたいんですけど、ジルケさんが亡くなった時のことについて……」

 今度こそ研究員の人は、顔がくっつくんじゃないかというくらいに、ぐいっと顔面を近づけてきた。思わず「ひっ」と、声が出てしまった。

「なぜ、そんなことを聞くのですか?」

「なぜって、気になったから……」

「気になったから?」

 研究員の人は僕の顔を見たまま、僕の手首をガシッと掴んだ。掴まれたところからミシミシ音が鳴る気がして、僕は悲鳴をあげたくなった。もう帰りたい。なんで? なんでこんなふうにされなくちゃならないの!?

 ミィニャちゃんを見ると、じっとこっちを見ていた。それを見てまた、僕は気持ちを取り戻した。ここで負けてる場合じゃない!

 僕は落ち着いて考えた。どうしてこの人たちはこんな態度を取るのだろうと。そして僕は思いついた。もしかしたら、この人たちはジルケの死を本当に悲しんでいるから、この話題に触れられたくなかったのかもしれない。考えてみれば、確かにそうだ。自分の好きな人が死んだら、それはそれはショックだろう。ズケズケと聞いていいことではなかったのだ。

 けれど、ここで引くわけにはいかなかった。僕は真相を調べなければならないのだから。それならばせめて、僕の手の内を明かすのが筋だと思った。「いきなりこんなこと聞いてしまったのはごめんなさい! でも、僕にも事情があって……」と言ってから、僕は続けた。

「ジルケさんの死には不審な点が多いんです。遺体が見つかっていないっていうし、大きい体格なのにチンピラに絡まれて川に落ちたっていうのも不自然だし、それに、警察の公式な見解も、誰も知りませんでした。ジルケさんが死んだことをそもそも知らない人も多かった。僕は、正直に言って、ジルケさんの死は『隠されている』と思いました」

 僕は一度息を吸って続ける。

「何より気になったのはイェレイくんの態度です。イェレイくんはジルケさんと距離が近かったのにも関わらず、こんな事件があったことを少しも言いませんでした。もっとおかしいのは、ジルケさんが死んだのとちょうど同じ時期から、イェレイくんの『ヴァーデルラルドさんに対する』態度がまるきり変わったことです。僕の前ではヴァーデルラルドさんのことを少しも話さなくなったし、他の研究員の人も、前は尊敬していたのに、今では軽蔑するような態度になることがあると言っていました」

 僕はもう一呼吸おいて、続けた。

「本当は、別の何かがあったんじゃないでしょうか。ジルケさんとイェレイくん、それからヴァーデルラルドさんの、この三人の間で」

 研究員の人たちはじっと僕の顔を見ている。僕は相手の反応を待った。沈黙。しばらくの間沈黙が続いて……

「……つまり、ジルケさんの死は、偽装されたものであると?」

 口を開いたのは、僕の腕を掴んでいる研究員の人だった。

「そ、そうです。だから僕はそれについて調べたくて……」

「興味深いですね」

 痛い! 僕を掴む手の力がぐっと強くなった。あれ? もしかしてこれはまずいんじゃ?

「ですが、ジルケさんの死は何も偽装などされていませんよ。我々は詳しいのです。あなたが疑うようなことなど、何もありはしません」

 研究員の人の声にはまったく感情がこもっていなかった。いや、怒っているようにすら聞こえた。

「そういえば、あなたのお名前をおうかがいしていませんでしたね。お名前は? それから、ご所属は? ああ、こんなところではなんですから、我々のお部屋でゆっくり話しませんか」

 他の研究員の人がぞろぞろと僕の周りを取り囲み始めた。僕の腕は強く握られるあまり、折れてしまいそうだった。僕より一回り大きい研究員の人たちが、みんなで僕を見下ろす。

「あ、あの、僕やっぱり……」

「今更どうしたのです? さあ我々とお話ししましょう」

 背中を押され、腕を引っ張られる。後ろから肩に、掴まれた腕の反対から、もう片方の腕に、手が添えられる。右も左も、前も後も、囲まれている。助けて! 怖い!

 と思ったその時だった。ミィニャちゃんが飛び上がって、僕を掴んでいる研究員の人に噛みついた。

「っ!」

 腕が放された。その隙に僕はミィニャちゃんを抱えて逃げ出した。

 悪いけど、あの人たちとあれ以上対話ができるとは思えなかった。それどころか、何か「ひどいこと」をされそうな気がした。だってだって、あれは、平和的に会話しようとする相手にとる態度じゃない!

 何回も角を曲がって、何回も振り返って、あの人たちがいないのを確認して、さらに角を曲がって、僕はどこかの部屋に逃げ込んだ。もう無我夢中だった。

 いきおいよくドアを開けて入ったのは、休憩室だった。部屋の真ん中では、三人の人たちがテーブルを囲んで、ホールケーキを食べていた。その人たちは、驚いたようにこっちを見ていた。

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