第6話

レルマの視点:


 あれからカマカズラは、到着した清掃隊の人たちに火炎放射器で焼き払われた。これは掃除が大変そうだなと、ゆらゆら揺れる炎を見ながら僕は思った。それよりも……

「ミィニャちゃん、君って何者なの……? あんな、切り刻まれたのに生き返っちゃうなんて……それから、ヴァーデルラルドも……」

 切り刻まれて再生するなんて、普通の生き物ならあり得ないことを二回も見せつけられて、僕は混乱していた。本当に、ヴァーデルラルドは、すっかり、人間ではない何かになってしまったのかもしれない。そしてミィニャちゃんも……いや、それ以上に不気味だったのは、ヴァーデルラルドの生き返りを、研究員の人たちが誰も不審に思っていなさそうなことだった。

「調子はどうだ」

「おしりちゃん……」

 どこから現れたのか、目の前には唇のついたツル、おしりちゃんの分体が浮かんでいた。

「結構さいあくかも。もしかしてカマカズラって君が発生させたの?」

「違う。あれは勝手に生み出てきたものだ。いくら俺といえども、この館内のすべての植物を制御できるわけではない。時にお前、その黄色い汚れはなんだ」

「ミィニャちゃんの血だよ……たぶん。ミィニャちゃん抱っこした時についちゃったんだろうね」

「血? 血とは赤いものじゃないのか? 俺の元いた世界の人間どもは、皆赤い血を流していたぞ」

「そうなの? じゃあ覚えといて。この世界の人間たちは、みんなそれぞれ『コア』を持っていて、それと同じ色の血が流れてるの」

「コアか。ヴァーデルラルドから少しだけ聞いたことがある。コアという器にタマシイが入っているのだろう? 別世界の人間は、脳という器にタマシイが入っていたぞ」

「へぇ、そうなんだ。そうだね……タマシイが入ってるかどうかは知らないけど、コアもそんな感じかも。僕たちにとって、コアはすごく大事なんだ。コアって繊細でね、ちょっとでも傷つくと、すぐドロドロに溶けて、僕たちは死んじゃうんだ。あ、別に、コアさえ大丈夫なら全部オッケーってわけでもないんだけど」

 全身を切り刻まれたら、いくらコアが無事でも普通死ぬけど……と心の中で付け足す。

「ほう。ぜひ見てみたいものだな、そのコアとやらを」

「ちょっと! 怖いこと言わないでよぉ! そんなことしたら僕たち死んじゃうって! あ、でも、お医者さんの話だと、生きてるコアはすっごく綺麗なんだって。水晶玉みたいに透き通ってて、水色とかピンク色とかにやわらかく光ってるらしいんだ」

「ほう」

「だからって、見ようとしちゃダメだけど!」

 おしりちゃんと話して、僕は徐々にいつもの調子を取り戻してきているのを感じた。正直に言って、前はおしりちゃんにあまり良い印象を持っていなかったのだけど(だってちょくちょく失礼なことを言うから!)、この時ばかりはすごく感謝した。

「そうだ、時にお前、俺と互いの体液を飲み交わしはしないか?」

「えっ? なにそれ、どういうこと?」

 僕が聞くと、上から別の太いツルが降りてきて、その先端の部分から白くてネバネバした液体が垂れてきた。おしりちゃんは「これが俺のものだ」と、そのツルを僕の目の前まで動かした。白い液体がたらりと垂れる。ツンと青臭いにおいが鼻について、僕は思わず後ずさってしまった。

「な、なに……?」

「俺の故郷では、親しくなった者同士で互いの体液を飲み交わすのだ。ヴァーデルラルドと俺はもうすでに何度もやっているぞ。酒を飲み交わしながら、一緒に体液の交換もするのだ。それはもう最高だぞ」

「え……」

「最近は求められる頻度がますます多くなっていった。奴は器に体液を入れ、それを持ち帰っているそうだ。俺のいないところでも楽しんでいるのだろうな」

「えぇ……? や……僕はいいよ。お腹壊しちゃいそう」

 ちょっと気持ち悪いよ……っていうか、僕たちってもう友達だったの? 色々言いたいことはあったけれど、言わずにおいた。僕が断ると、おしりちゃんは「そうか……」と少ししょんぼりした声で言った。ちょっとかわいそうだったかもだけど、やっぱりこの白いネバネバを飲むのは遠慮したいかも。

「なら一緒に酒を飲むのはどうだ? あれは仲を深めるための儀式に使うものらしいじゃないか。酒というものはここに来てから初めて飲んだが、あれは最高だな」

「おしりちゃんお酒好きなの?」

「ああ、酒は大好きだ」

「でもごめん、僕お酒飲めないんだ」

「あんなに素晴らしいのにか?」

「飲めないものは飲めないんだってば」

「美味いのにな……特に東洋の酒は……」

「東洋の酒?」

「まあいい。なら代わりに、これをやろう。お前は頼りないからな」

「え?」

 すると、壁の蔦がにょきにょきと伸び、黒いつぼみが現れて、鮮やかな黒紫の花が咲いた。僕はそれを見て、思わず後ろに飛び退いてしまった。だって、これって、

「アネメラじゃん!」

 そう、この花、「アネメラ」は、世界で最も危険な植物として有名なものだった。具体的にどう危険かと言えば、アネメラを潰して出てくる液体に少し触れただけで、触った人の全身は一気にただれて、最後にはドロドロに溶け尽くしてしまうという、そういうものだった。当然、ラボの中で見つけたら即処理だ。

「こ、こんなのどうしろっていうの……!」

「護身に役立つかもしれないぞ」

「けど……」

 確かに手袋ごしなら触っても大丈夫だけど! 僕がどうしようか迷っていると、のそのそとミィニャちゃんが出てきて、アネメラの花を口でちぎり取り、むしゃむしゃと食べてしまった。え!?

「ミィニャちゃん危な……! あれ? なんともない?」

 ミィニャちゃんはアネメラに触れても、食べても、溶けるどころか異変一つないようだった。

「ふん、せっかくこの人間のために武器を用意してやったのだがな」

「やっぱりアネメラなんてどうやっても使えないよぉ。ミィニャちゃんはわかってて処理してくれたんだよね? ありがと!」

「ふん」

 おしりちゃんは不満そうだったけれど、僕は正直安心した。アネメラを持っているなんて、考えただけで、心臓が縮こまってなくなっちゃいそうだったから。ミィニャちゃんはどうして平気なのかっていう、新しい謎は増えたけれど……



 切り刻まれでも死なないヴァーデルラルド……一年前のジルケの死……イェレイくんの変化……

 ミィニャちゃん……

「そういえばミィニャちゃんが来たのも、一年くらい前だったよね」

 ミィニャちゃんは頷いた。

「うーん、怪しいことがいっぱい!」

「すいませェん」

「わっ」

 ぼんやりしていたところを急に話しかけられて、僕は少し驚いてしまった。話しかけてきたのは、ミントグリーンの入院着? のようなものを来た、「おじさん」と呼べるくらいの人だった。

「いやァ、すいませェん。トイレって、どこですかァ?」

「ああ、トイレ! トイレはですね、えっと……ついてきてください!」

「すいませんねェ」

 僕はミィニャちゃんを抱えて、おじさんをトイレに案内した。

「いやァ、ここの人たち、みーんな忙しそうにしてたから……」

「そうですよねぇ……あっ、ここトイレです」

「あらァ、こんなところに……すいませんねェ。あっ、出るまで待っててくれませんか? 帰りも案内してもらいたいのでェ……」

「もちろんです!」

 そう言うと、おじさんは「すいませんねェ」と言いながらトイレに入っていった。おそらくあの人は一般人だろう。このラボに一般人が見学に来ることは珍しくない。ただ、入院着を着た一般人というのは珍しかった。

 しばらくするとおじさんが帰ってきたので、僕は聞いてみた。

「おじさんはどうしてここに来たんですか?」

「ああ僕ぅ? 僕はですねェ、『治験』のアルバイトでここに来たんですよォ」

「治験?」

「ええ、そうなんですぅ。いつも通り家で昼寝してたらァ、あ、僕、家も家族も失っちゃったホームレスなんでェ、家って言っても外なんですけどォ、外で寝てたら、声をかけられたんですねェ。すごい大柄の、なんて言ったっけなァ、そうだ、ヴァーデルラルドって人に!」

「ヴァーデルラルドが?」

「僕、家も家族もないホームレスだからァ、嬉しくなっちゃってェ……三食、空気清浄機付きの住まいだからァ……」

「えっと、どういう内容なんですか? その、治験って」

「それはですねェ、僕もよくわかってないんですけどォ……そうだ、『死なない体になりますよ』って言ってた気がしますねェ……あっ、これ、他言無用だったんだ」

「えっ」

 死なない体になる。切り刻まれても死ななかったヴァーデルラルド、ミィニャちゃん。明らかにこの治験には、何か大きなヒントがある。僕がもっと質問をしようとした、その時だった。

「あ! ガベッソさん!」

 一人の研究員の人が、こちらを見て駆け寄ってきた。その人は僕の方をチラリとだけ見て、それからおじさんの方を向いた。

「勝手に出ていっちゃダメって言いましたよね!?」

「あァー、すいませェん……急にトイレに行きたくなったものですから……」

「次からは我々に声をかけてくださいね」

「すいませェん」

 研究員の人は、まるで僕など最初からいなかったかのように、おじさんの手を引いていった。あ、行っちゃう。僕は意を決して聞いてみた。

「あの! 僕もその治験の内容に興味があるんですが!」

「ん?」

 研究員の人は振り返る。

「どういう内容のことをやるんですか?」

 研究員の人は、しばらく僕の顔をじっと見てから、冷たく言った。

「関係者以外に教えることはできません」

 そう言うとその人は、おじさんを連れて早足で去っていった。僕はそれを見送りながら、なんとなく、この治験のことは調べた方が良さそうだと思った。ヴァーデルラルドが不死身の体になったこと、同じく不死身のミィニャちゃん、それと今回の偽物事件は、何か関係があると思えたから。

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