第5話

レルマの視点:


「ヷア゙ア゙ーーーーーーーーーーーーッ!」

「なぁあれって……!」

「うわっ、うわっ、あれ『カマカズラ』だよっ!?」

 駆けつけた僕らが見たのは、このラボでもかなり珍しい感じの光景だった。天井に咲く赤紫の巨大な花から、いくつもの太いツルが伸びて、うねうねと、威嚇するように動いている。その先端は鎌のような鋭い刃物になっていて、そして、なによりも異様だったのは、

「ヷア゙ア゙ーーーーーーーーーーーーッ!」

 一人の研究員の人が、その植物のツルにぐるぐる巻きにされて、宙吊りになっていることだった。その人は、さっき僕の隣で「男の価値は子供がどうの」と話していた人だった。確かに話し声は大きかったけれど、だからと言って、こんなのはあんまりだ! 僕は端末を取り出して「緊急番号」を押す。

「清掃員さん! やばいですよアレ!」

「うん! 今みんなに連絡した! すぐに清掃隊が来てくれると思います!」

「あぁ、よかった……! じゃあ今俺たちにできることは……」

「何もないです! あれに近づかないようにだけしてください!」

「りょ、了解です……!」

 そう、本当に、今できることは何もない。カマカズラの刃は、見た目に反して僕たちの腕なんか簡単にスッパリ切れちゃうくらい強くて鋭い。だから駆除するには、近づかずに焼き払うか、薬で腐らせるしかない。でも今回は人が捕まっているから、まずは人体に比較的害のない薬で無力化して、それからツルを鋏で切って救助する、とかになるのかな。

「ウオ゙ォ゙ォ゙ーーーーーーーーーーッ!? な゙んか入ってくる゙ぅッ!?」

「頑張ってください! もうすぐ助けが来るので!」

 僕は呼びかける。丸腰の僕には何もできないから、とにかく今は、清掃隊の到着を待つしかない。

「ウヷァ゙ァ゙ーーーーーーーッ! 早ぐッ! 早ぐぅ゙ッ!」

「おや! カマカズラの発生とは珍しいですね! 二年ぶりではありませんか!」

「えっ!?」

 後ろを向いて、僕は目を丸くした。なんとそこには、このラボのボス、ヴァーデルラルドがいたのだ。それも、研究員の一団を引き連れて。予想外の人物の登場に、僕は思わず二度見する。

「ボスッ! 早くッ! 早く助けてくださいッ! なんかっ、なんか入ってくる゙ッ!」

「素晴らしい! 続けてください!」

「は!?」

「それはおそらく触手でしょう。カマカズラはあなたに卵を産みつけようとしているのでしょうね」

「卵ォ!?」

「大丈夫、安心してください。カマカズラに卵を産み付けられたとしても、死ぬことはありませんよ。アレル、カマカズラのデータは貴重です。撮影を頼みますよ」

「はい、ボス」

 ヴァーデルラルドの指示で、アレルと呼ばれた研究員はカメラを構え、捕まっている方の研究員はそんな! と絶望的な声をあげながらさらに激しくもがき始めた。

「ミーレッド! ここからはよく見えないので、詳しく教えてください! 今あなたの体はどうなっているのですか! どこに何が入ってくるのですか!」

「ン゙ア゙ーーーーーーーッ! 何を言ってる゙んですか!」

「光っているのは粘液ですか!」

「助゙げでェ゙ーーーーーーーッ!」

 あんまりにもあんまりな光景に、僕は思わず二人を交互に見てしまう。本当に、このヴァーデルラルドという人は、こんな状況で、助けようとするわけでもなく、何を言っているんだろう? しばらく二人はそんな問答を続けたけれど、やっぱり会話は成り立たないので、ヴァーデルラルドは諦めたように首を傾げた。

「ふむ、やはり要領を得ませんね……仕方ありません、こうなれば私が直接調べましょう」

「は?」

 今度こそ、本当に何を言っているのかわからなかった。ヴァーデルラルドはコートを脱ぎながら続けた。

「物事を深く理解するには、自ら体験するのが一番の近道です。そうでしょう、アレル?」

「はい、ボス」

「我々は研究者なのですよ。せっかくのチャンスです。ここで飛び込まずにどうするというのですか」

「ボス……!」

「では記録を頼みますよ、アレル」

「はい、ボス!」

 そう言うとヴァーデルラルドは、両手を広げながら、その植物の方に歩いて行った。

「さあ、カマカズラさん! 私のことも捕まえてください!」

 僕はこの時、この人は、とんでもないバカで狂人なのだと思った。

 ヴァーデルラルドは花に近づいていく。そして、ヴァーデルラルドが花の真下で足を止めた時だった。ツルの数本が勢いよく振り上げられ、次の瞬間には、ヴァーデルラルドの体はちょうど三等分にされてしまっていた。真っ白な廊下に、ドブのような深緑の液体が勢いよく飛び散る。

「えっ」

 そこから間髪入れず、横からミィニャちゃんが飛び出して、カマカズラに飛びかかった。え! ミィニャちゃん!?

 それからはあっという間だった。ミィニャちゃんは手頃なツルの一つに飛びつくと、勢いよく噛みついた。カマカズラは暴れる。暴れて、暴れて、ついに、振り回されるツルの一本が、ミィニャちゃんを体は真っ二つにしてしまった。それでも、ミィニャちゃんの顎はツルに噛みついたままだった。ミィニャちゃんの体の断面から、眩しいくらいに鮮やかな黄色の液体が流れ出てくる。しばらくして、カマカズラはおとなしくなった。

「えっ」

 十数秒はぼーっと見ていただろうか。いや、本当はもっと短かったかもしれないけれど、体感ではずっと長い間、僕は口をあんぐり開けてポカンとしていた。それから、ふと我に返って、「ミィニャちゃん!」と駆け寄った。

「う、うそっ! うそでしょミィニャちゃん! 死なないで!」

 真っ二つになったミィニャちゃんはぐんにゃりとして動かない。僕は無我夢中でミィニャちゃんの体を掻き寄せた。

「ミィニャちゃん! ミィニャちゃん!」

 夢中になってミィニャちゃんの断面同士を合わせた。もしかしたら何かの奇跡が起こって、ミィニャちゃんの体がくっついて、また生き返るかもしれないと思ったから。それでも、そんなことをしつつも、奇跡なんて起こるわけないと、頭の半分くらいでは思っていた。だから、この後本当に奇跡が起きて、僕はどういう気持ちになればいいかわからなくなった。

 そう、奇跡は起きた。断面を合わせるようにミィニャちゃんの体を抱いていたら、ぐちょぐちょと奇妙な水音を立てて、ミィニャちゃんの体が再生し始めたのだ。そして再生が終わるなり、ミィニャちゃんはゆっくりと体を動かしてこちらを見た。ミィニャちゃんは僕と目を合わせると、ゆっくりと頷く仕草をした。

「ミィニャちゃん……!」

 ミィニャちゃんの口からは、青紫の液体が垂れていた。よく見ると、噛みちぎられてくちゃくちゃになった、何かの花びらのカスのようなものもついている。素手で触るとビリビリと痛みがしたので、急いでハンカチで拭いた。毒だ。もしかしたらミィニャちゃんは、この青紫の花でカマカズラを倒したのかもしれない。

 それから、僕の背中の方からも、ミィニャちゃんのそれと同じような、ぐちょぐちょとした水音が聞こえてきた。振り向くと、切り刻まれたはずのヴァーデルラルドが、ひざまずいた研究員たちを見下ろすようにして立っていた。その服は、黄色と緑のインクをめちゃくちゃにかけられたように汚れている。

「ありがとうございます皆さん……皆さんのおかげで……私も生き返ることができました……いやはや、皆さんが体を集めてくれなければ、私は一生あのままでしたよ」

 それからヴァーデルラルドは、ミーレッドと呼ばれた、カマカズラに捕まっていた研究員の人の方に歩いて行った。いつの間にか、その研究員の人は植物のツルから解放されていた。

「大丈夫ですか、ミーレッド」

「ぉ゙ぅ゙え゙っ、ぼ、ボス……ああ、はい、ええと、腹部に違和感が……」

「卵ですね。あなたは『お父さん』になるのですよ」

「な!? そ、そんなっ……!」

「おめでとうございます。カマカズラは多産性ですから、一度の妊娠でたくさんの子供が産まれますよ」

「ええ……? お、おめでとう、とは……?」

「あなたはいつも言っていたではありませんか。『子供の数』が『男』の価値を決定すると」

「!」

「あなたは『男としての価値』に重きを置いていましたからね。自己実現は人生において重要なものの一つです。いやはや、部下の望みが叶って、私も嬉しい限りですよ」

「いや、あれはその、ちがくてですね……!」

「ともかく、まずは医務室に行きましょう。父体の健康を損なうわけにはいきませんからね。ああ、なんということでしょう! 私も楽しみで仕方がありません! カマカズラの生態は未だ謎が多いですからね。これからたくさんデータが集められるなんて、とてもワクワクします!」

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