第4話
レルマの視点:
おしりちゃんと別れた後、僕はラボ内のカフェテリアでネット記事を漁っていた。ネットから手掛かりを探してみることにしたのだ。(ネットを選んだのは、さっきイェレイくんに注意されて、聞き込みが怖くなっていたっていう理由もある。)
「この地球を、百年後も住み続けられる星にしましょう」
画面の向こうのヴァーデルラルドは、そんな現実味のない理想を悠然と語りかけてくる。何の気なしに見た数年前のインタビュー動画だったけれど、動画についているコメントは今でもそのほとんどが好意的で、僕は意外に思った。
今の世の中では、多くの資産家が地球を諦めて「火星移住プロジェクト」に投資している。火星に行けそうもない僕たち庶民ですら、多くの人は、地球を捨てるのが「合理的」な判断だと思っている。それなのに、このヴァーデルラルドは、そんな世間の流れに真っ向から逆らって、「地球再生」を掲げた。そんなだから、普通に考えれば、とんでもないバカ、あるいは狂人だと笑われても仕方がない。実際、他の人が同じことを言ったら冷笑の的になるだけだろう。けれどこの人に対しては、なぜか、みんなそれなりに、本気で期待しているようだった。あるコメントは言っている。この人には「やる」と思わせる何かがある、と。それはきっと、この人が実際にそれなりの「結果」を出しているからだろうし、この人の超然とした態度がそう思わせているのかもしれないし、みんなが、「火星移住」の少ない椅子を勝ち取るのは自分ではないと、それでも希望にかけた方がなんだかんだ得なのだと、認めつつある証なのだとも思う。
「結局はわかりやすい成果とキャラクターなのかぁ……」
ふと横を見ると、ミィニャちゃんはテーブルの上をゴロゴロと転がっていた。僕はイヤホンを外して話しかける。
「ごめんねミィニャちゃん、暇だよね」
そう言うと、ミィニャちゃんは首を横に振った。
「へへ、優しいなぁ、ミィニャちゃんは」
その後も、僕はネットで情報を集め続けた。けれど、ヒントになるような情報は、ましてや決定的な情報など、どれだけ探しても見つからなかった。確かに、こまごまとしたニュースでならこのラボもそれなりに取り上げられてはいる。けれど、それとイェレイくんの変化を結びつけるのは難しく思えた。イェレイくんが変わり始めた「一年前」に絞ったところで、何かを見つけるのはもっと難しくなるだけだった。
それよりも!
「やはり『子供の数』が『男』の価値を決定しますよね!」
「ええ! その通りです!」
隣の人たちの声が大きくて集中できない!
「優れた資質を持つ者がその遺伝子を後世に残すのは、エリートとしての責務です!」
「優れた『男』の元には多くの『準男性』が群がる! これ自然の摂理ですからね!」
「ええそうです! 自慢ではないのですが、実は先日、三人目の子供ができました!」
「なんと! おめでとうございます! しかしそれでは、家に帰ってやるべきことが多くなり、大変なのではないですか?」
「それは心配いりません! 家庭内の仕事はすべて家内に任せていますから! 我々のようなエリートは、家事・育児が苦手な傾向にありますからね! そういったことは、適任者に任せるのが良いのですよ!」
「まったく、その通りですね!」
「しかしボスやイェレイさんが結婚もしておらず、子供もいないというのは、なんとも意外な話ですよね! 二人とも我々のような男ですら憧れる、『男の中の男』だというのに!」
「しかしボスは驚くべき業績を残していますし、イェレイさんはまだお若いのによくやっています! 二人とも立派な上級国民ですよ!」
「たしかにそうですね!」
「んああ〜〜〜!」
僕は調べものをしなくちゃいけないのに! っていうか「準男性」って何?
あまりにも調べものが進まず、僕は途方に暮れて、天井を見た。
「もうダメだぁ〜……」
「おっ、どうですか進捗は。清掃員さん」
「あっ! あなたは!」
横から声をかけてきたのは、昼間聞き込みをした研究員の人の一人だった。小柄で快活そうな印象の人だった。
「どうです? ボスのことはなんかわかりました?」
「うーん……それが……」
「あんまうまくいってなさそうですね。でもま、そんなもんですよ。俺もずっとここで働いてるけど、あの人はよくわからない人だから」
「まあ……そうですよね……」
「それより清掃員さんは、なんで急にボスのことなんか気になってんです? まあ俺としては、自分の憧れの人に興味もってもらえるのは嬉しいですけどね」
「それは……なんとなくです。それよりも……」
少し迷ってから、僕は思い切って聞いてしまおうと思った。
「これイェレイくんには内緒にしてほしいんですけど、実は、僕が本当に気になっているのは、イェレイくんのことなんです。イェレイくん、前はヴァーデルラルドさんのことをよく話してくれたんですけど、一年前くらいから全然話さなくなっちゃったから、何かあったのかなって」
「なァんだ、イェレイのことか。そっかイェレイか……イェレイなら、今は俺より偉くなっちゃったけど俺の部下だったし、あいつのことならよく知ってるつもりですよ。でもボス関連でなんかあったかっていうと……何も思い当たらないなぁ……」
「そうですか……あ、じゃあ、ヴァーデルラルドさん関連じゃなくても、何か変わった出来事とかありませんでしたか? その、一年前くらいに」
「一年前……一年前か……」
そう言いながら、その研究員の人は考え込むような仕草をした。それから少しして、「あっ」と顔を上げた。
「一年前といえば、ありましたね! あいつにとっても俺らにとっても、デカい出来事」
「えっ、どんなものですか?」
「『ジルケ』っていう研究員が死んだんですよ」
「えっ?」
まったく聞いたことのない名前に、僕は困惑した。
「ジルケってあいつの同期なんですけどね。道端でチンピラに絡まれて、そのまま川に落ちたらしいです」
「そんなことが……」
「俺にとってもショックだったけど、イェレイとジルケは同期ってこともあって仕事もよく一緒にしてたから、あいつにとってはもっとショックだったんじゃないかな。まあ、実際あの二人は『犬猿の仲』って感じでずっと仲悪かったですけど、それでも『喧嘩するほど仲がいい』って言いますしね」
「そんな……」
僕にとってもショックだった。イェレイくんは僕になんでも話してくれると思っていたのに、そうではなかったのだから。確かに、「一人だけ絶望的に性格が合わない同期がいる」という話は聞いたことがあった。きっとそれがジルケなんだろう。けれど、その同期が死んだという話は少しも知らされていなかった。同期が死んだなんて、すごく大きなニュースじゃないか。
「ジルケさんってどんな人だったんですか?」
「ジルケはまあ……研究熱心な奴でしたよ。研究以外は興味ないっていうか。研究のためなら自分のことも周りのことも犠牲にしていいと思ってるっていうか。俺個人はそういう奴も面白いと思いますけど、やっぱイェレイは、あいつの態度が気になってたみたいですね。『倫理を軽視する発言が目立つ』『研究のためならなんでもやっていいという思考は幼稚だ』って」
「はぁ……」
「でもですねぇ、ちょっと妙なんですよ、あいつの死。川に落ちたのに、今になっても『遺体が見つかっていない』っていうし、そもそもあいつは身長二メートル近くあってガタイもいいのに、そんな奴がチンピラに絡まれるかなぁ? って」
「警察はなんて言ってるんですか……?」
「警察……? ああ、警察……そういえば警察の話は聞いてないですね……今の話全部、ボスの口から聞いただけですから」
「えぇ……それって……」
その時だった。
「ワ"ア"ァ"ーーーーーーーーーーーーッ!」
廊下の方から叫び声が聞こえてきた。
「おおっ!? なんだなんだあ!?」
「ミィニャちゃん、行ってみよ!」
僕たちはミィニャちゃんを抱えながら、声の方向に走っていった。
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