第五話 ドラゴン退治

「グアアアアアアアアアアアッ」


大きな翼を広げ、そのドラゴンは飛び出した。


降り沈む雨粒を払いのけるように、地面を蹴り上げる。

目を瞑りたくなるほどの突風。砂嵐。


黒光した鱗に包まれた口から、青い閃光が漏れ出した。


「持久戦といきましょうか。」


目の前に引かれた青炎の中に、久遠の姿はない。

曇天の空に、ひらりと彼は舞っていた。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


次々と撃ち放たれる炎の玉。

それを軽々と避け、久遠は家と家とを飛び移っている。

馬車を足場にし、宙を舞い。


「さあさあ。こちらへいらっしゃい。早くそのご自慢の炎を当ててみてくださいな。」


まるで挑発するかの如く、飛び回る。


獲物を逃すまいと翼を広げれたその瞬間。

がしゃんと、真横にあった建物が尾に当たる音が聞こえた。


鼓動がどくりと音を立てた。

ほんの一瞬。

バキバキと音が鳴った木片が落下する瞬間。


「ブルムア・へデラ!」


考えるより先に声が出た。

突き上げた手の平から、豪速で伸びていくつたが木片を絡みとる。


伸びて、伸びて、伸びて。


心の臓から命令を下す度。


どくりどくりと。


体内全ての血液が暴れ回る。


倒壊寸前の家をようやく蔦で支え切った瞬間、激しい頭痛に目が眩んだ。


「あ、有難うございます!助かりまし」

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


隣の男性の声に重ねて、雄叫びが耳の奥につんざいた。


先ほどとは違う。

激しい怒りの叫び。


「ここにいといて」


男に言い残し、遠のいたドラゴンのあとを追いかける。

頭痛などで落ち着いてはいられなかった。


怖い、怖い怖い怖い。


なぜこんなにも怖いのかわからない。

でも、久遠の姿がないことが、怖く感じた。


数十メートル先に、ドラゴンの後ろ姿が見えた。やはり久遠の姿が見えない。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」


大きく怒号をあげる。

正気を忘れていた。


天を見上げたドラゴンが見せるのは、口先に溜めている灼熱の炎。


「久遠!!」


思わず声が出た瞬間だった。


刹那、雨空に彼は上っていた。

白い衣に、白い紙を指に添えて。そこだけ時間が止まったかのように。


「式神よ、鬼神の動きを食い止めよ!」


鋭い声色。鋭く放った紙は、黒い鱗を靡かせたドラゴンの額に張り付いた。

たったそれだけ。そうしただけ。


「え……?」


先ほどまで高らかに声をあげ、発火させようとしていたドラゴンが、ぴくりとも動かなくなった。


うめき声さえあげない。金縛りにあったかのように、あるいは石像かのように、目の前の巨体は、天を見上げたまま雨に打たれている。


久遠は、その巨体をつたってアメリアの場所まで降りてくる。

軽やかに、舞を踊っているかのように。


カランと、鈴の音を鳴らして着地した彼に、アメリアは口をぱくぱくと動かすことしかできない。一方の久遠は、濡らし切った髪を払いながら、微笑み返した。


「一応行動不能までには至らせましたが、この手の鬼人は厄介ですねぇ。九字を切っても効果がありませんし……」

「く、九字を切るって?」

「ああ、邪気を払うお祓いのことですよ。存在しないものには効果があるのですが、どらごん?とやらには全く効かず。フラン様が魔法でとどめをさしなさっても構いませんよ。」


ニコニコと、屈託のない笑顔を向けられ、思わず目線を逸らしてしまった。


やはり、肝心なところで魔法を使えない役立たずだと、思われてしまったのだろうか。

しかし、今攻撃魔法という魔力の高い魔法を使えば、きっと久遠に迷惑がかかる。先ほどの『蔦の魔法』でさえ、体内の魔力が暴れていたのだ。きっとよくないことが起こる。


紺色のローブの袖を握り、シトシトと濡れていく手を見つめていた。

そんな様子を見かねたのか、久遠は「そうですよね」と特に変わった表情を見せなかった。


「では、これで退治しましょう。」


そう言ってスラリと懐から取り出したのは、暗がりで光沈んだ短剣。


「そ、そんなもの持ってたの!?」

「東の地では、これが常識ですので。」


にこりと笑顔で振り返ったのち、軽々とドラゴンの背中を渡って心臓の部位の方へと登りだす。


久遠は、おかしな人だ。風変わりで、能天気で、それでいて強い。

それに比べて、大事な時に魔法も使えず、人徳もない。今は完全に久遠の足手纏いになる一方だ。


ああ、本当に、生きていて嫌になる。


水に浸かったように濡れ切った髪の毛を触っても、手の熱は冷めなかった。

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