第四話 夜半の襲来


「なぜ、ここにそれがいるのよ!」


甲高い、耳が痛くなるような金切り声が、けたたましく夜の帷の中に響き渡った。


目の前は、白。


彼の背中の白に隠れて、どんな顔をして村の住民が怒鳴っているのかわからない。


「あなたも、昼間噂されていた魔物でしょう!?」


しかし、きっと醜悪な顔を浮かべて、ほうれい線をより深く刻み込んで唾を飛ばしてそうな、中年のおばさんの顔であることは間違いない。


「何を勘違いなさっているのかわかりませんが、私は鬼人などではなく人間でございます。どうか情けをかけてやってはくれませんか?彼女の家が鬼人の類に燃やされてしまい、寝床がないのです。」


しゃんとした姿勢で、物怖じせずにそういった久遠に、扉を半分ほど開けた住人は揶揄するような笑いを含んで言い放つ。


「そう。それは良かったわ。やっとこの村から悪魔が消えてくれるのだから。」

「悪魔?何を言ってるのです。彼女は人間で、あなたと同じ魔法使いとやらなのでしょう?」


砂利と土の混じった土壌に目線を落とした。言われ慣れた言葉だ。今更何も感じない。


「それと同じにしないでちょうだい!それは呪われているの。この世にいてはいけないの。あなたも命が惜しくなければ、それを捨ててどこかへ逃げなさい。」


バタン、と音を立てて長扉がしまった。

雨足は激しくなる一方だ。村中の家の明かりもすっかり消えているため、暗闇に二人、取り残されていた。


「……すみません。フラン様。どうも、時間がかかりそうです。」


振り返った男は、その凛々しい眉を八の字に下げて、弱々しく笑っていた。


「しかし、この村の人は無粋なものが多いのですね。明らかに人間の私を鬼人と呼び、あなた様を『それ』と、まるでモノのような言い方をする。」


奇妙なものを見たかのように、眉を顰める彼は、まだ知らない。

何も知らないのだ。だから、このような冗談を、平気で言える。


「それに、フラン様を悪魔と呼んだのですよ!?この家主は飛んだ大馬鹿者ですね。次を当たりましょう。」


そうやって、また違う家をあたるのだ。


この村は、全体が丸い円のような形をしており、円形の広場を中心として、そこから半分の西側は商業施設、東側を住宅街と分けている。住宅は全部で二十五件。今当たったのは十八件目。全て、追い出されている始末だった。


アメリアにはもうわかっていた。家に入らせてくれる者など、この村にはいないと言うことを。


そろそろ潮時だと、心のどこかで感じていた。無理やりこうやって連れて来られたわけだし、もう、いいのではないかと。


一息吸って、目の前で辺りを見渡していた異様な男に言い放つ。


「……もう、やめ」


その時。


「魔物だああああああああああああああああああああ!!!!!!魔物が、襲来してきたぞ!!!!」


怒号のような声。西の方向から、聞こえてくる必死めいた声に、視線は勝手に動いていた。家々の間から見える広場を超えた向こう側の空が、異様に明るかった。青く輝いたものが暗闇の中で出ては引っ込んでいく。


先ほど、アメリアの家を襲った炎の色に、そっくりだった。


「行きましょうフラン様!!」

「えっ」


不意に聞こえた重低音のきいた声と同時に、アメリアはいつのまにか腕を引っ張られ暗闇の中走っていた。


手を引く久遠の表情は見えない。だが、風を切り裂くような速さで、悲鳴の聞こえる方角へと向かっていた。


______________________


酷い有様だった。


この村は大体木造の家や建物が多く、いかにも森の近くにある小さな集落という村だ。


中央の広場を中心として、ぐるりと西側を囲むように立てられた店の数々。その全てが、目の前で暴れ回る一匹の魔物によって、青い炎の餌食となって灰に変わっていた。


「フラン様!?あの鬼人は一体何なのですか?!」

「タンザナイトドラゴン。夜行性で、気性が荒い魔物よ。」


黒く焼けこげた家屋だったガラクタの上に乗っかって、威勢よく声をあげているのは、紺色のドラゴンだ。


その身体中に張り巡らされた鱗は、雨に当たってさらに碧く艶やかになっていて、大きな翼は家屋を二つほど包み込めるほど。闇の中で三角眼を光らせ、次に破壊する獲物を見極めていた。


「そこの男よ。何があったのです?」


動揺のあまり腰を抜かしたのか、すぐ近くでしゃがみ込んでいた中年の男に久遠は声をかけている。


「そ、それがっ、店を閉めていたら上空からいきなり、そいつが飛んできて。ところ構わず炎を吹いていて……ど、どうかお助けを!」


どうやらこの人は魔法使いではない、ただの商人のようだ。


それにしても、不思議なことに、アメリアと久遠、そしてこの男以外、人の気配はない。


先ほどの悲鳴は、きっと家屋の中でも聞こえるだろうに、魔女たちは対峙するのが怖いのか、駆けつけてすらもいなかった。


やはり、この村は嫌いだ。


「お任せくださいませ。この陰陽師の久遠千里、あの鬼人を退治して見せましょう!」


久遠は変わらず大口を叩いてあの胡散臭い笑みを浮かべて胸を張っている。


あまりに命知らずな発言を見過ごすわけにもいかず、濡れ切った白い袖を引っ張った。


「やめときなさい。占いでどうにかなる相手じゃないわ。」

「そうなのですか?では、フラン様にお頼みしましょうか。」


嬉しそうにニコニコと屈託のない笑顔を浮かべる久遠に、ふと、口を閉ざした。

そんなアメリアの様子に、久遠は特に驚きもせずこういった。


「アメリア様は先ほど家の前でこういった。『魔物は倒せるけど、家はどうにもならない』と。しかし魔法を使わないということは、何かしら事情がおありなのでしょう。」


藍色の瞳をまっすぐに向けられ、アメリアはそっぽを向いてしまった。


久遠の言うとおり、倒そうと思えばこのドラゴンくらい倒せる。しかし、攻撃魔法は、代償としてがあった。


片方の腕を掴んで目線を逸らすアメリアに、くすりと笑いを含みながら、ドラゴンが居座る場所へと歩み出ていく。

そして、またその胡散臭そうな笑顔を見せて振り返った。


「ご心配なく。陰陽師は、鬼人を退治するのも仕事なので。」

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