第三話 厄日
家が、燃えている。
「えっと……フラン様、先ほどの蝋燭を魔法で爆発させましたか?」
「……ふざけてる?」
「いいえ!ふざけてなんかいませんよ!だってつい先刻ほどまで、特に何もなかったじゃありませんか!」
大袈裟なほどに手を広げて家の方に顔を向ける久遠は、暗闇の山道で恐ろしいほどの白光りを放っていた。
そう。つい先程まで、アメリアが座っていた場所。この十八年間、居座り続けてきたこじんまりとした家が、暖炉の木材になったかの如く燃えていた。恐ろしいくらいの青色を放ちながら。
なぜ二人が生き残っているのかというと、この陰陽師と名乗った男が、突然アメリアの部屋に転がり込んできては、「災の予言が出た!」と大騒ぎをし、身支度をして家から引っ張り出されたためである。
「あなた、本当に予言できたのね」
「失敬な!言ったでしょう?陰陽師の仕事はこれが専門と!というか、感謝ぐらいしたらどうですか!?」
相変わらず大騒ぎをしている。それでも確かに命拾いをしたことは確かだ。「ありがとう。」とその群青がかった瞳を見て礼をした。
そうしてまた、上から今の家の有り様を見るのである。
「しかし、これは一体どういうことなのです?雨が降っているのに、家が焼け続けているだなんて。」
そう。おかしなことに、今、そこらじゅうでは雨が降り注いでいる。淀んだ雨だ。山道の土道もぬかるんでいて、葉で守られてはいるものの、肩や額に水滴が転がって仕方なかった。それにも関わらず、目の前の家は、ゆらゆらと揺れ動く青炎に包まれるばかりで消える気配がない。
しかしながら、そんな状況下でもアメリアは涼しい顔をしていた。
「魔物の仕業だと思う。青い炎なんて、魔物か魔族にしか出せないもの。」
「アメリア様の魔法でなんとかできないのですか?」
「無駄よ。魔物は倒せても、あの青い炎は普通の水じゃ消せない。」
革製の肩掛け鞄に手をかけ、そっと、醜悪な姿の自宅を見下ろす。
破裂音に似た、雨粒が弾ける音が、頭上で鳴り響いた。
あの家はもう無理だ。夜が明けきる前に全焼した様子が目に浮かぶ。
しかし、やはり住むところは人間にとって必要不可欠である。それはアメリアも重々承知であった。鼻先に、ツンと漂う煙の匂いがつく中で、隣にいた阿呆面の男が胡散臭い笑顔を浮かべる。
「ずっとこうしてるわけにも行きませんし、近くの村で泊めてもらいましょうか。」
冷たい雨が肩へ、ヒヤリとする風は頬へ突き刺している。アメリアは、彼に背を向けていた。
「……?どうなされました?」
「一人で行って。私は、私で探す。」
なびいた紺色のワンピースが、夜の闇に溶けていく。投げやりに放った言葉は、どこか冷え切って乾いていた。
しかし、この頭のネジの外れた男は、背を向けたアメリアの顔を覗き込もうとするのだ。拒絶をしているのに、それをまるでわかっていない。
「いやぁ、そんなことを言うなんて、むしろ私に追われたいと言っているものでしょう?ねえ、一緒にいきましょうよ。」
「……放っておいて。」
そもそも、こんな気持ちの悪い男と一緒にいること自体、アメリアの意思に反していた。半強制的に泊めるハメになっただけであって、住居がなくなった以上、この契りも破棄される。
つまり、この男と関わる理由がないのだ。
「さよなら。」
粘着質な土壌の上を編み上げブーツで歩き始める。もう、陰陽師と名乗る変な男に絡まれないように気をつけようと心の中で誓いながら歩く。数十歩歩いたあたりの光も影もない山道で、背後からやけに明るい声が聞こえた。
「承知いたしました。あなた様は、人の関わりから逃げている臆病者で、魔法使いでもなんでもないことは、十分に承知いたしましたよ。」
その一文、二文を聞き終わる前に、体はすぐに動いていた。振り返り、切味のいい刀のような双眸で睨みつける。
久遠は、遠くでその白く清い服を揺らしながら、満足そうに笑みを浮かべていた。
なんて性悪な男だと、呆れてものも言えず、ただ一つ瞬きをする。
「意外ですね。火事では惑わないのに、言葉には惑うなんて。」
すぐ目の前に、その艶やかな黒髪を揺らした男がいた。大きく見開いたアメリアの瞳に、はんなりと笑った彼の柔らかな顔が映る。
次の瞬間、その視界はぐらりと宙に舞っては一回転していた。この数刻で何が起こったのか、アメリアは目を回していたのでわかるはずもない。ようやく気づいた頃には、体が大きな腕の中にすっぽりとおさまって、その状態で森の中を駆けていた。すぐ近くに存在する、黒い細長い帽子をかぶって、その白い肌を見せた久遠の姿に細い目をする。
「……おろして。」
「こうでもしないとあなた村に行かないでしょう?」
「放っておいてと言ったはず」
「あゝ、こんな生意気な
ただ絶句をするばかりである。
何を言っても無駄であったので、アメリアは仕方なく黙り込んだ。
林の間から覗くのは、灰色の雲や濁った雨ばかりで面白みもなく、ただただつまらない夜空だった。
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