第二話 陰陽師と魔法使い
パチパチと、煉瓦造りの暖炉で炎がゆらめきあっては音を立てる。
ベージュの絨毯が敷かれた上に置いてあるソファに座ったその男は、なんだか騒がしかった。
「これはこれは、なんということなのでしょう!見たこともない代物です!」
その向かい側に座り、平気そうに紅茶を飲んでいるが、全くもって平常な心ではいられない。
明らかにおかしい男がこの家に入ってきている。何がおかしいかというと、いうまでもなくその全てがおかしい。
まず第一に、その白くてヒラヒラした、みたこともない衣装だ。襟元の詰まった赤いシャツの上から、何か白いベストのようなものを着ているが、その形が風変わりであった。
肩の部分でつぎはぎになったその白い服の、腕から手首にかけての袖が異様なまでにゆとりが多く、袖部分に何か赤い刺繍まで施されている。
終いには、スカートのようなズボンのような、黒くてダボっとした履き物に、木の繊維で繋げたかのような靴に鈴がついていた。
「どうしたのです、そんなにまじまじと見つめてなさって。もしや、この久遠の淡麗な御容貌にやられたのでは!?」
「……。」
意味のわからない男だ、と思う。
確かに、顔立ちは整っている方だ。白く陶器のような肌に、少し吊り上がった目尻。こぼれ落ちそうなほど大きな藍色の瞳。
ただし、やはり目立つのは一つに束ねた艶やかな黒髪に乗っかっている細長い三角の形をした帽子だ。
「それで、命の恩人の貴方様の名前はなんとおっしゃるのですか?」
「アメリア・フラン。」
「ふらん、ですか。おかしいですねぇ。やはりここは異なる地なのか……。」
その男は、出されたティーカップをまじまじと見つめながら、そう口にし、両手でカップの底をもつ。やっぱりこの男は、何かが違う。その様子を横目で見ながら、アメリアはふと口を開けた。
「ク、クオ……」
「久遠千里でございます。フラン様。」
屈託のない笑顔を浮かべられて、アメリアは思わず顔をしかめる。
「クオン、貴方はどこからきたの?ここの者じゃないでしょう。」
「ええ。おっしゃる通りでございます。私は、東の地という場所にいました。詳しく言えば、その地の都にいたのですが、華の地と言われる外国へ行こうとしていたところで嵐に巻き込まれまして。気づいたらこの地に。」
東の地。華の地。どちらもアメリアにとって聞いたことのない名前だ。ティーカップを静かに置き、目の前にいる胡散臭い男の話に耳を傾ける。
「しっかし、不思議なものです!ここに来る道中で、集落を見かけまして。泊まらせてはくれないかと頼んだのですが、皆口を揃えて「魔物」だと言うのです。ああそれに、驚きましたよ。皆家屋に入った時、手を使わずに戸を閉めるのです!あれは一体何なのですか!」
「……それはたぶん、魔法を使っているのだと思うけど。」
「マホウ、とは一体何なのです!?」
つくづく鬱陶しい男である。「魔物」と村の人が間違えるのも無理はないだろう。
机から身を乗り出しそうなその人と距離を置きながら、アメリアは飾り棚に置いてある杖と先ほど吹き消した蝋燭を手に取る。
蝋燭を机にコトンと置いて、ゆっくりと杖の先をその溶けかかった蝋に向けた。
「ブルムア・テロペア」
刹那、煌びやかに橙色の花が蝋の上に咲いていた。
「これは……凄い。」
その花に釘付けになった久遠の前に座り直して、杖を懐にしまう。
「
久遠のマリンブルーの瞳に、小さき炎が映り込んでいる。まるで幼子のように、それをひたすら好奇心の目で見つめていた。
「魔法は、自然の力を借りて人間以上のことをする。近くの村は、昔から魔法使いの村だから、魔法を使える人が多いの。」
「では、もしやフラン様も魔法使いなのですか!?」
半ば強引に手を取られて握手をさせられ、揺らされながら頷く。
にしても魔法使いというだけでこれほどまでに驚かれるものなのか、アメリアは不思議に思っていた。
逆にこの地で魔法使いを知らない人などいないくらいで、この男が完全に異質なものであることは確かだ。
「いやぁ、東の地では見たことも聞いたこともありませんでしたよ!素晴らしい、無から有を生み出すことができるのですね!」
変わらずはしゃぎ回っているこの男性に呆れながらも、ふと最初の自己紹介の言葉を思い出す。
「『オンミョウジ』って、何のことなの?」
蝋燭の火を息で吹き消してから尋ねると、目の前の眼光強めの男は大きな口をさらに広く開けた。
「陰陽師をご存知ないとは!飛んだ世間知らずもいたものですね。」
貴方に言われたくはないと、言い放ってやりたい気持ちを抑え、能天気な阿保面を眺める。
「占いや呪術によって天災や病気などを退治する!それが私めのお役目でございます。暦を作ったり政治の補佐をしたりしますが、おおよそ、予言、祈祷中心ですかね。」
何やら一つの職業のようなものらしい。東の地では、この男は何だか偉い立場にいたようだった。
「ここにきた陰陽師とやらは、あなた一人だけなの?」
「ええ。そもそも、華の地に遣わされた際、陰陽師は私一人だけだったので。他の官職の人に関しては、何とも言えませんね。私だけ命拾いしたのか、はたまたどこかに彼らは打ち上げられたのか。気がついた時には、私一人だけでした。」
先ほどの威勢の良さはどこに行ったのか、ソファに深く座っては膝に拳を作って俯いていた。
結果的に貴方は生きられたのだからそれでいいのでは、と思ったが、言葉をかける前に彼は立ち上がっていた。
「ところで、風呂殿の場所はどこでしょう?少々衣が濡れてしまったので風呂殿をお貸しいただきたいのですが。」
「……フロデン?」
「ああ、失敬失敬。陰陽師を知らぬ者に風呂殿など知るはずもないですよね!」
皮肉たっぷりの言い方に、さすがのアメリアも頬を膨らました。
「マイノリティは貴方の方だと思うけど?」
「こりゃまた失敬。体の汚れを落とす場所を提供していただければと思ったまででございます。」
この通り、と大袈裟なほどに深々と頭を下げる。やはり奇妙な男だ。
ティーカップを銀の盆の上に乗せ、その阿保面を見ないように、口だけ動かした。
「バスルームは奥の扉から出て、玄関の反対側の廊下の一番端の扉。」
「いやぁ、有難い!なに、着替えは心配いりませんよ。最低限の荷物は持ってきてありますので!では、失礼。」
その動きにくそうな服装で軽々しくステップを踏みながら、がちゃんと音を鳴らして扉の向こうに消えていった。
銀の盆の取手を持ちながら、ふとため息をつく。
異質なものが、流れ込んできたものだ。
しかし、なぜあんな者にこの家がわかったのか。普通の人間はもちろんのこと、魔法使いにさえ見えないような結界を張っていたのに。
あの男のいう「陰陽師」とやらの、予言の力が結界を破ったのだろうか。
「……考えるだけ無駄ね。」
長方形の形をした窓枠からは、雨音がしきりに続いている。今宵は月が見られそうもないほど、曇り切った空だ。
その中に、アメリアの独り言が解けて混じり合う。
騒がしい夜は、まだ始まったばかりであった。
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