第6話 祈りの舞

 龍心は急に頭が冷えクリアになった。今やるべきことは、これ以上犠牲者を出さず祭りを終わらせることだ。


 涙を拭って立ち上がり来た道を走り出した。


 校庭に戻った時龍心は確かに見た。


 黒神輿から黒い龍が、白神輿から白い龍が出てくるのを。2頭の龍は身を絡ませしばらくの間寄り添いあっていた。


「龍神様だ」


 いつの間にか隣に来ていた叔父が呟いた。母の姿もあった。龍心は母の顔を見てほっとした。


 他の人の目に龍達の姿は見えていない様だった。


 龍心は2頭の再会を邪魔せぬよう暫し見守った後、龍神達の前に進み出た。酩酊状態の父が不完全のまま終えた舞を、最後まで披露しなければならない。龍達に向け手を合わせて深く一礼をしたあと、無音の中一心に舞った。幼い頃祖父に徹底的に教え込まれた振りつけは身体に染み付いていた。


 龍達と見物人達、祭りの参加者達全ての視線が未来の神主である龍心の姿に注がれていた。扇子を持った左手を振り下ろし、右脚で地面を蹴り軸足の左足に力を入れて回転する。両手を広げて空を仰ぎ、身体を前に倒し同時にゆっくりと両手を合わせる。ふわりと跳躍し、音を立てずに着地する。扇を閉じたあと、手のひらを上にして腕をまっすぐ前に伸ばし、差し出す様に扇を開く、そして摺り足で前に三歩、四歩と進む。一つ一つの動作を丁寧に、大きく無駄なく、心の中で神様に祈りを捧げながら。


 この祭りでこれ以上死人や怪我人が出ませんように、母に笑顔が戻り、2人で幸せに暮らせますように。


 上手く踊ろうなどとは考えず、祖父に言われたことを心に留めながら龍心は舞い続けた。


 雨は小降りになり、舞が終わる頃には先程までの嵐が嘘の様な晴れ間が覗いていた。龍神達の姿は消えていた。


 幼い身体で踊り切った龍心に温かい拍手が送られた。

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