第34話 雪見だいふくを2つとも寄越せって言っているくらいギルティーですよ?

「≪アルミちゃん≫。確かに契約書へのサインを確認した。旦那様のサインだが、私、執事長の≪レーモンド≫が代理で行わせていただく」


 そう言って、ちょっと偉そうな方の人――立派なカイゼル髭の≪レーモンド≫さんが、ジャケットの内ポケットから小さな金属の塊を取り出した。たぶん指輪かな? 家紋が刻印されていて印章代わりになっているみたいな感じ?


 もう1人の執事さんが蝋の塊を取り出し、契約書の下のほうに押しつけるように置いた。


「イグニッション」


 発火魔法。

 非常に弱いレベルでの発動なので、羊皮紙が燃えてしまうことなく、押し当てられた蝋だけが温められて柔らかくなっていく。


 蝋が十分に柔らかくなったところで、≪レーモンド≫さんが指輪型の印章を押しつけた。


 なるほど、これがサイン代わり。


「もう1枚のほうにも同じようにサインをしてくれ」


 ≪レーモンド≫さんからまったく同じサイズの羊皮紙を渡される。

 タイトル的にさっきとたぶん同じことが書いてあるのかな。一応金額だけ見てみたけれど、たぶん同じっぽい! 契約書は双方1枚ずつ保管しようってあれかなー。


 わたしは小さく頷いてから、1枚目と同じようにサインをした。

 執事コンビもまったく同じ動作で羊皮紙に印章を押しつけて契約書が2枚完成した。



「1枚は≪アルミちゃん≫、お前が持ち帰ってギルドに提出してくれ」


「は、はい!」


 そっか。

 こういうのもギルドに届け出る必要があるのね。


 インベントリーに仕舞って……OK!


「じゃあ前金で10万[SEED]くーださい♡」


 契約締結したもんね♡

 早くお金ください♡


取引窓トランザクションウィンドウは使えるか?」


 使えるかって言われても、そりゃ誰でも使えるでしょ。

 ≪レーモンド≫さんは何を言っているの? 取引窓がなかったらお金の受け渡しなんてできないじゃない?


「使えますよ?」


「それは良かった。ではこの場で取引ができるな」


 この場で取引できない場合もありそうな口ぶりね。


「もし取引窓トランザクションウィンドウが使えなかったらどうするんですか?」


「銀行か、中央ギルドか、公共機関の取引窓トランザクションウィンドウを利用するしかないな。手数料が高いからやりたくはないんだが……」


 なるほど。

 なんらかの理由で取引窓トランザクションウィンドウが使えない人もいて、それを救済するための仕組みは存在している、と。ちょっとだけAO2の世界のことがわかってきましたよー。


「教えてくださってありがとうございまーす。じゃあこっちから取引窓トランザクションウィンドウを開きますね」


 コンソールを操作して、≪レーモンド≫さんを相手に取引窓トランザクションウィンドウを開く。

 わたしは何も入力しない。

 ≪レーモンド≫さんの提示金額を確認してOKを押すだけ。


 いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん!


「はい、たしかに10万[SEED]ですね。実行!」


 一瞬遅れて≪レーモンド≫さんも「実行」ボタンを押したみたい。

 わたしの手持ち金額が一気に増えたのを確認した。


 やりました!

 お金持ちになっちゃいました♪

 10万[SEED]も手に入れたら、1カ月は遊んで暮らせるんじゃないの⁉

 やった! やった! やったった♪


 小躍りしたい気持ちをグッとこらえて、「こんなこと何でもありませんよ」というすまし顔で佇む。


【10万[SEED]というと、ちょうど高級ネコ缶2つ分ですね。何個買ってくれるんですか?】


 うわー、そうきたかー。

 高級ネコ缶1個5万[SEED]……やっぱりかなり高いなー。


 まあ1個は買ってあげますよ……。

 初めての大金だし。


【10万[SEED]あれば、もう1つ買えるんじゃないですか?】


 それはさすがに要求が過ぎませんかね?

 雪見だいふくを2つとも寄越せって言っているくらいギルティーですよ?


【雪見だいふくならまた買ってくればいいじゃないですか】


 つまり10万[SEED]もまた手に入れろ、と?

 無茶なことをおっしゃる……。


 そもそもの話だけどさ、AOとAO2でゼリンの習性が違ったら、この10万[SEED]は返さなきゃいけない上に賠償金を請求される可能性まで出てくるんですよ? 危ない橋を渡っているというのはわかってよね!


「さあ、金は振り込んだ。さっそく、この地にゼリンが大量に集まってくる理由を教えてくれないか」


「……はい。もちろんですとも!」


 ちょっとも猶予はなし、と。

 AOと同じだといいな……。

 もう祈るしかないけれど。


 でも、見た感じ行動が同じだからたぶん習性も同じだと思うんだよねー。

 この場で実験して証明するしかないんだけど。


「それじゃあ、≪サンドラ≫さん!」


 ごめんなさいね。

 蚊帳の外みたいに扱っちゃっていて。

 ちゃんとこれから依頼されている草むしりをしますからね!


「今から草むしりをしますので、この2人の分の清掃道具も貸してもらえますか?」


 そう、3人でやるので3倍の速さです!


「それは構わないのだけれど……」


 ≪サンドラ≫さんは眉をハの字に曲げて、≪レーモンド≫さんともう1人の執事さんの様子を伺っている。


「それをすれば、我々の質問の答えにたどり着けるのだな?」


「そうでーす。まずはわたしの指示に従ってください! すべてはゼリンのためです!」


 そしてわたしの依頼が早く終わるためでーす♪


「わかった。我々も草むしりをしよう」

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