第31話 『10. 庭の草むしり』クエストの中で
「えーと、えーと、≪サンドラ≫さんのお宅はどこかなー。地図によるとこの辺りのはずなんだけどー」
1~9の依頼をあっという間に終わらせて、今日最後の依頼に取り掛かるところだ。まだお昼過ぎー。けっこう良いペースでいけてるね。もしかして1日20個くらいクエスト受注してもいけちゃうんじゃない?
【クエストは順調ですが、配信的には絵が地味過ぎてなんの見どころもなく、同時接続数が100を切っています。ここで派手な演出を期待します】
無茶言わないでよ……。
ランクFの依頼にそんな派手な演出なんてあるわけないでしょ。次もただの『庭の草むしり』だよ?
そんなやりとりをしながら、わたしたちは『10. 庭の草むしり』のクエストを発注した家に向かって『ウルティムス』の外をうろついていた。
といってもこの辺りのモンスターはノンアクティブだから、こっちから攻撃しない限りは安全。間違ってサソリの尻尾を踏んだりしないように気をつけよう。反撃を食らったら、毒で痺れてタイムロスしちゃうし。
【おそらくその赤い屋根の家だと思われます】
おー、これかあ。
見るからにNPCの家って感じなんだけど、AO2にはNPCっていないんだよね? プレイヤーがこんなところに家を建てられるわけないんだけどなあ。
戦闘エリアの真ん中の小高い丘の上に、ポツンと建っている一軒家。
申し訳程度に柵があるけれど、雑草に交じって
「ごめんくださーい。クエストの依頼を受けてやってきましたー」
と、声をかけながら呼び鈴も鳴らしてみる。
なぜだかとっても生活感がある。
玄関の脇に落ち葉とか溜まっているし、外にサンダルや洗濯物が干してあるし。
「は~い。今行きま~す」
中から女の人の声がする。
10秒くらい待つと、玄関のドアがガチャリと開き、中年のおば……お姉さんが顔を出した。
「『猫の眼』ギルドからやってきました。≪アルミちゃん≫です!」
「ああ、『猫の眼』ギルドの方ですね。やっときてくださったのね。ありがとう。『庭の草むしり』をしてくださる方でよろしいかしら?」
「そうでーす! もう二度と雑草が生えないように完璧に抜ききっちゃおうと思います!」
「それは頼もしいわね。元気なお嬢さんだこと。申し遅れましたが、私がクエストをお願いした≪サンドラ≫です。主人が腰を痛めてしまって、庭が荒れ放題で困っているのよね……。よろしくお願いしますね」
「それは大変ですね! わたしは≪アルミちゃん≫です! こっちが相棒の≪サポちゃん≫です! 今日はよろしくお願いします!」
「まあまあ、頼もしいわね。それにこっちもかわいらしいネコちゃんだこと。草むしりの道具を持ってくるので少し待ってくださいね」
ニコニコ笑いながら、≪サンドラ≫さんは家の中へと戻っていった。
「とっても良い人そう!」
【そうですね。ギルド経由の仕事ですから、手抜きせずにしっかりと仕上げてギルドの評判も上げていかなければいけませんね】
「もちろんだとも! 好感度の鬼と呼ばれたこの≪アルミちゃん≫様にすべて任せたまえ!」
なーんて、張り切っていたのも最初の10分くらいまで……。
「ねぇ、これ……今日中に終わると思う?」
【現在草むしり開始から、約1時間経過したところですが、進捗率2%ほどです】
2%⁉
つまり……あと50時間はかかるってこと⁉
【最初から最後まで等速で仕事ができるわけはないので、単純に見てその倍くらいはかかるのではないでしょうか】
100時間……。
ランクFのクエストって簡単に終わるのかと思っていたけど、意外とつらくない? これが特別おかしいのかな。ほかの9個の依頼は最短5分、長くても1時間で終わったのに。
【泣き言を漏らすのがずいぶんと早いですね。もう少し根性を見せても良いのではないでしょうか】
わかる、けどさあ。
だって100時間ここで草むしってたら発狂するよ?
「ですから、何度来られても返事は変わりません!」
ん、なんだ?
なんか家のほうから話し声が聞こえる? しかもなんだか揉めているっぽい雰囲気?
「この家を売るつもりはありません! お引き取りを!」
家を売る? 地上げ屋でも来ているのかな?
ちょっと見に行ってみよう。
【草むしりは良いのですか? ここでサボると終了予定時刻がさらに後ろ倒しになりますよ】
でも≪サンドラ≫さんが困っていそうな声だったし。
放っておけないよ。
草むしり用の軍手を外して、そっと家のほうへと歩み寄る。
バレないように、抜き足差し足。
「だから話を聞いてくれないか。何度も言っているようにだな……。『ウルティムス』の街の中に、立派な家を用意する。ここより広い空間も保障する。何も損はしないだろう」
地上げ屋は2人組の男たちだった。
高圧的な声の感じからして、ナイフをちらつかせているようなチンピラかなと思ったら……わりとちゃんとした身なりの人たちだった。どこかの貴族様のお屋敷に仕える使用人って感じ?
「そんなに立派立派とおっしゃるなら、あなたたちが住めばよいでしょう」
「旦那様はなぜかこの場所に集まってくるゼリンの習性を研究なさりたいそうなんです。そのことは何度も説明していますよね? ゼリンが集まっているここでないとその研究はできないです。この通りだ、頼みます! この家を譲ってください!」
男たちが頭を下げて誠意を見せていた。
研究のためかあ。ちょっと応援したくなってしまう不思議。
「ここは祖父から受け継いだ大切な土地なんです。明け渡すつもりはありません。帰っておくれ」
取り付く島もないとはこのことだ。
≪サンドラ≫さんにとってみれば、そんな研究なんて知ったこっちゃないもんね。
この場所に集まるゼリンの習性を研究したい、どこかの貴族の旦那様。
おじいちゃんから受け継いだ土地を大事にしたい、≪サンドラ≫さん。
一見、話は平行線のように見えるけれど――。
「ちょっと待ったー! 話はこの『猫の眼』ギルドの期待の大型新人・≪アルミちゃん≫が聞かせてもらいました!」
ナイスなアイディアとともに、≪アルミちゃん≫が華麗に参上♪
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