第三章 アルミちゃん、ギルド生活始めました 編

第29話 このままだと……明日になったら白猫になってると思います

「ところで≪アルミちゃん≫さんは、どちらに滞在されていますか?」


 受付のお姉さんがわたしの記入した書類を眺めながら尋ねてくる。


 そうね。『滞在先』の欄を空で提出したから当然訊かれるよね。


「えっと、わたしはまだ今日この街にきたばかりなので、どこに滞在するか決めてないんですよねー。どこか安く泊まれる宿屋を紹介してもらったりすることはできますか?」


 たぶんギルドと提携している宿屋があるよね。

 AOでは休む時はログアウトすればいいし、宿屋システムみたいなのはなかったけど。あー、そういえば、ギルドマスターになると、ギルドハウスを契約できるんだったっけ。あとはかなりのお金持ちになって、個人所有のホームシステムを利用している人もいたかな。貸倉庫みたいな感覚で使われていたような……。でもあれはランニングコストが異常にかかるらしいし……。


「宿屋をご紹介することはできますよ」


「おおー、やった! 条件はどんな感じですか?」


「女性専用ですと、1泊100[SEED]で食事は別、というのがあります。30日以上の長期滞在割引あり、ですね」


 うーん。100[SEED]かあ。

 素泊まりでその値段かあ。ほかに食事やら何やらもかかってくるんだよね。

 手持ちが約10000[SEED]だってことを考えるとけっこうきついなあ。


【一般相場よりは少し安いと思いますよ。それとギルドの紹介ですから、安全面でも信用していただいて良いと思います】


 まあそれなら……。

 ちょっとがんばって稼げばなんとかなる、かな?

 1日10000[SEED]稼げれば何の問題もないよね!


【都合よく実入りの良いクエストがあると良いですね】


 その言い方……。やっぱり今回のはラッキー的なクエストだったんだよね……。初心者クエストで10000[SEED]はなかなかないよね……。現実は厳しい……。


「あ、すみません。こちらの宿屋はペット不可でした」


「ペット? ああ!≪サポちゃん≫か! ペット不可……困った」


 もしかして≪サポちゃん≫がいると泊まれない宿屋が多いのでは?


【私はサポートAIですから、ペットではないです】


 それはそうなんだろうけれど、たぶん世間ではペット扱いなんだよ……。

 どこからどう見てもネコだもんね。


【空を駆ける高貴な私】


 でもネコ缶食べるし。


【≪アルミちゃん≫と一緒で、健康度を保つためには食事が必要なのです】


 やっぱりネコじゃん。


【ネコですが何か?】


 はい、ペット決定。



「あのー、ペット可の宿屋は……」


 一応訊いてみよう。

 でもきっと高いんだろうなあ。


「そうですね……。1泊2000[SEED]から、になります……」


 わお! 超お高い!

 あっという間に最低金額が倍になった。

 かなりがんばって稼がないと厳しいね……。

 でもそれしかないならやるしかない!


「宿屋とは違いますが、ギルドハウスの一室をお貸しすることもできますよ」


「なんとー⁉ そんなシステムが⁉」


「宿屋ではないので、ルームサービスなどはありません。ご自身の部屋の掃除はご自身でしていただくことになります。また、当番制ですが、共用スペースの掃除と食事作りのノルマも発生します」


 なるほどねー。

 宿屋ではなくてギルドのシェアハウスみたいなものかあ。


「部屋をお貸しするのに1日10[SEED]、その他食事や雑費で1日10[SEED]の合計20[SEED]になります。ペットも可です」


「めちゃ安い! ぜひお願いします!」


 考えるまでもないね。

 こんな好条件なかなかない!


「わかりました。それではこちらの書類にサインをお願いします」


 さらさらさらーっと。

 はい、契約。


【食事にネコ缶は含まれるでしょうか】


 それは自分で訊きなよ……。


「ネコ缶は実費でご用意できますよ」


 受付のお姉さんが≪サポちゃん≫に向かってにっこりと微笑みかける。


 だってさ。良かったね。


【ありがとうございます。感謝します】 


 ≪サポちゃん≫も、しっぽをゆらゆらさせてうれしそう。



「それではお部屋に案内しますね」


 受付のお姉さんの後ろについて、ギルドハウスの奥へと進む。


 やっぱりここって歪んだ空間なのかなー。

 修練場の時にも思ったけれど、表の通りから考えるとあきらかにギルドハウスの奥が広すぎるのよね。

 さらに居住スペースまであるとなると――。


「こちらです。この部屋の使用権は現在≪アルミちゃん≫さんと≪サポちゃん≫さんにあります。認証を行って部屋へ出入りをしてください」


「認証ですか?」


「はい。ドアの前に立つと自動で認証が走ります。周囲に登録者以外の者が存在する場合――つまりこの場合は私ですが、自動認証ではなく手動認証に切り替わります」


「なるほど?」


 なんでだろう。


「ドアの前にいる状態で、一定時間認証が行われない場合には、ギルドに自動通報が入る仕組みになっています。すぐに警備担当の者たちが駆けつけることになります」


「不審者を検知的な意味合いもあるってことですか?」


「そうですね。ギルドハウス内なので、不審者の侵入は限りなく0に近いですが、居住スペースを守るために念には念を入れている、といったところでしょうか」


「ちゃんとしていますね。安心しました。ところで手動認証はどうやって?」


「声です。認証の意思を示す言葉ならなんでもかまいません。システム側が本当に本人の意思かどうかを判断します」


 仮に脅されて鍵を開けさせられようとしていたら、それを検知できるってところかな。見た目はまあまあ古びたギルドハウスなのに、中身の高セキュリティなシステム……。ギャップがすごい……。


「部屋に入りたいです! お願いします! おお、ドアが開いた!」


「はい、音声認識も問題ないですね。それではこちらのお部屋は≪アルミちゃん≫さんと≪サポちゃん≫さんでご自由にお使いください。ですが、ギルドマスターによる抜き打ちチェックがありますので、掃除だけは定期的にお願いしますね」


「抜き打ちチェックですか⁉」


「ギルドマスターはきれい好きですので、汚く部屋を使う人には貸したくない、という意向があります。ご承知おきください」


「は、はい! がんばります!」


 ≪サポちゃん≫も手伝ってよね……。


「それでは私はこれで失礼します。当番表を更新したら後ほど全居住者に一斉周知します」


「ありがとうございました! これからよろしくお願いします!」


 受付のお姉さんは、にこやかに手を振って去っていった。



「さて、どうしようか……」


 きれい好き……というわりには10年は誰も足を踏み入れていなかったんじゃ、と思うほどに埃が溜まっている……。


「まずは追い出されないように掃除、かな」


 どこから手をつけようかな……。


【このままだと……明日になったら白猫になってると思います】


 そういうミームは良いから、床の雑巾がけを手伝って。

 それにもともと≪サポちゃん≫は白猫だからね?

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