第36話 東エンドラ 火と水のせめぎ合い<2>

「カディさん、それ、東の国の言葉ですね」

「そうだね。私は極東の国、和楽わらくの出身だ。どうやら君も東の言葉を理解できるのだろう。あのとき、君は外国人の身なりで、エンドラの言葉を話したことで、火の連中に怪しまれたんだろう」

「はい。つい買い物でヒートアップしてしまいました。無自覚ですが、あれが翻訳の魔法みたいです」


 私は正直に話した。

 カディさんは、薄く笑った。

 そして、カップに香草の煮出し茶チャイを入れてくれた。

 

「まだ君は若い。20年ほど前の私と同じように、猛進しか選べないんだろう」

「包帯、皮膚の病なんですか?」と私は言いながら、カップの香草茶チャイを飲む。

 今まで飲んだことがないミルクティだ。心がぽかぽかしてくる、不思議な香りが鼻から抜ける。


「血の気の多かった私は、和楽わらくで大逆の罪にされて、陰陽師の呪いを受けてしまったのさ。おかげで街中へ出かけることが出来ず、家族と国を捨てて、異国のエンドラへ流れついた」

「呪い」

「そう、皮膚に刻まれた呪いだ。そのせいで、祓いの力を失った。私は大いなる力に頼り過ぎていた。君も翻訳魔法という力がある、ということは何か厄介な負の力も持っているのかい」

「呪いかどうか分かりませんが、目の前にいない友人の声を妄想していたら、知らない『私』が私に語りかけてくることがありました」


 私は、カップを両手で持ち、カディさんに悩みを話した。

 彼はもう1杯、カップに香草茶チャイを入れてくれた。

 これまでで一番分かりやすい、魔法障害の仮説だった。


「なるほど。それを東亜トンヤ地方では、『魔力の掘り下げ』仮説と呼んでいる。その行為を続けると、頭痛がしただろう。しかし、現代の人が魔力を底辺まで掘り下げると、頭の中がかき回されて人格障害で現実世界に戻れなくなる。もう1人の『君』はおそらく、前世では大魔法使いだったんだろう。君を現実へ戻してくれるだけの力があったからね」

「民族の大移動をエルフの『私』が教えてくれました。そこから言葉が分岐して、アントリア諸国の言語になった……と」


「そのエルフは……いいや、私には言葉にするのが憚れる。うーむ。私のような凡人でも言える範囲で応えよう。前世の記憶が一時的に君から分離してしまったのだろう。気持ちの悪い夢を見た感じだったろう」

「その前世の『私』が私に言葉を教えてくれたんですか」

「うーむ、深い話は、私には判断しかねる。東方賢者オライント殿であれば、解読されていない魔導書レベルの魔法障害についても対応策がわかるだろう。」


 言語魔法は古い。

 それゆえ、色々な分岐や合併をたどり、複雑になってしまった。

 慎重な対応策が必要になっている。魔法使いの職業が廃れた理由の1つでもある。

 だから素人が、翻訳の魔法について下手に答えると、対象者の人格を破壊してしまう。

 何となく、私もそうなる可能性があるのだろうと分かった。

 気が滅入って、私は話を変えた。


「私の仲間に連絡を取りたいのですけど、火の同盟に見つかってしまうでしょうか」

「私は隠れてこっそり見ていたが、君の仲間は竜華ロンファだろう。個人的には、仕事から逃げ出したから、嫌いな奴だ。だが、あいつなら、すぐにこの場所を探し当てるだろうさ。まず君は自分の身体を労わりなさい。長旅での船の補給はそう早く終わらないだろう」

「ありがとうございます」


 カディさんは、私の翻訳魔法に理解をしてくれただけでなく、船旅をしていると言い当てた。

 それだけ外国船籍は、敵意や注目を受ける。

 アントリア人の排斥運動が進んでいるのだろう。

 少しの間、私はカディさんに香辛料や香草の配合を教えてもらうことにした。


―――


 2~3日後、目を細めて怒る竜姫ロンキが、私を探してやってきた。

 カディさんが口にした竜華ロンファは、竜姫ロンキの幼名だ。

 過去に、カディさんとの間に何かしらあったのだろう。

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