第32話 ミスルのスライム巫女とオットーの商船<4>

 アルビオンの植民地政策は、第二次英仏100年戦争や魔導産業革命の両方が上手くいかず、支配地を直接的に統治できなくなっていた。

 アルビオン系クロスト教の貧困層の人たちが、赤の海ルーゼの対岸、ソロンを拠点として海賊稼業をしている有り様だ。

 そのクロスト海賊は、なりふり構わず、赤の海ルーゼに入る船を襲っていた。

 たとえ軍籍の船であっても、奴らの対象になっていた。


 つい先ほど、私たちの乗る商船は赤の海ルーゼに入った。

 パンサさんが傭兵長と話していた。


「妙に静かだな」

「何事もなければいいのですが」


 確かに静かすぎて、嫌な空気が流れている。

 隠そうとしている魔力をなんとなく感じたのだ。

 竜姫ロンキの耳が動いた。私の方を見て、彼女は叫んだ。


「マリィ、伏せろ!」

「え?」


 傭兵の誰かが私にタックルしてきた。

 音もなく、銃弾が飛んできた。私の代わりに誰かの胸に当たった。


 そして、船にも衝撃だ。小舟が3艘、体当たりしてきた。

 竜姫ロンキが深手を負った誰かを物陰に引きずっていく。私も隠れるために彼女らを追った。

 その誰かは、傭兵のエルフ、ブラウンだった。

 止血しようとしても、血があふれる。おそらく、脈を弾丸が貫通している。

 私はひどく動揺した。


「よかった……。どうやら、マリィの死の運命が変わった……」

「血が止まらない。何で血が止まらないのよ!」


 ブラウンは弱々しく笑った。

 エルフのブラウンは、お師匠と同門のレヴィ族の魔法使いだった。

 ただブラウン自身が、魔法を使ったのを見たことがない。

 いつも力技で何とかしているのだ。力の弱いエルフなのに。


 私の命がかかっているとき、よく彼女は現れた。

 ハイネスに入るとき、クーデター前のパレス王城、そして海賊の銃弾の前。

 私は、何かしらの縁を感じていた。


「マリィ、ごめんな……。ここで正体を明かす……のは、クロウドとの約束で出来ない。そこの竜人のお姉ちゃん、マリィを頼んだよ……」

「あい、分かった」


 強い目の竜姫ロンキは深く頷いた。

 私は、もうブラウンを助けられないことを知ると、涙が止まらなくなった。


 修行の中で、お師匠は私の魔法障害に気づいていた。でも、翻訳魔法のことも教えてくれなかった。

 遠回しにアントリア諸国を旅に出して、言語翻訳の魔法に気づかせようとした。

 その魔法をフルパワーで使い過ぎると、精神を蝕み、立っていられないほどの頭痛が起きる。


 傭兵たちと海賊たちは銃剣で戦っていた。

 そこに警笛が鳴り響く。アルビオン海軍だ。赤の海ルーゼでの争いに本職の彼らが乱入してきた。

 体が大きい軍人は、アルビオンのウィン上級大将だ。


「ちくしょう……間に合わなかったか……。クロウドよ、私を恨むでないぞ」


 あっという間に、クロスト海賊はアルビオン海軍と傭兵によって、全員倒された。

 ブラウンは死んだ。私を守って、その命を失くした。

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