第30話 ミスルのスライム巫女とオットーの商船<2>

『ちゃんと雨乞いをしろよ』の意味。

 竜姫ロンキは一時的に、私たちと違う場所へ向かった。

 マジャのラヴィ鉱山へ戻った。

 そして、私が片付けた部屋から出てきた宝物や珍品を、商人パンサを経由して、なるべく高値になるようにして売り払った。

 そこから、ラヴィ鉱山の全ての労働者へ少ないながら身銭から給与を出した。

 口調や態度は悪いところが多いが、竜姫ロンキは他人の困りごとを蔑ろにしない。

 そういう訳で、他人の厄介事へ首を突っ込むタイプである。

 同じような性格の私たちは良い仲間になれると思う。


―――


 一方で、私とアルト、パンサさんは、黄色い砂漠にある軍営都市ミスルに先に入る。

 そこにいたスライム種の巫女、セナさんは、ガラハさんと無二の親友だった。

 私が『全世界言語トラディクシヨン理解能力オートマティク』を持っているのを、彼女は知っているようだ。


 それを確かめるため、象形文字ヒエログリフの石板を見せられた。

 私の読解は合っているらしい。


「へぇ、流石、頭の良さはフランシス人って感じね。えーと、この石板の文字を解読した考古学者もフランシス人だったっけ」

「ずいぶん、たくさんの石板ありますね。これを全部読んだら、数か月かかりますよ。雨乞いの催事魔法が書かれた部分は分かりますか?」

「簡単に見つからないんだよねぇ。ほとんど、古代のミスル戦役についての話しかないんじゃないの」


 巫女セナさんは硬い笑顔で応えた。

 パンサさんたちは、水脈を探す古典的方法で、砂漠をダウジングしている。

 時間ばかりが経過する。

 しばし休憩。

 息抜きでセナさんは、カード占いをしていた。

 私はただで占ってもらった。


「うーん、マリィの星回りは悪かったけど、少しずつ回復軌道に乗っているはず」

「占星術ですか」

「私、天文学も趣味程度にかじっているからねぇ。ここにも古い天文学を複写した書籍があるけど、象形文字ヒエログリフと違って、手がかりがない古い文字すぎて分からないんだ」

「あ、これ、レヴィ族の話ですね」

「やっぱり、雨の魔法となると、レヴィ族なんだ。魔の文字を多く知っているのは、マジャに至ったレヴィ族、それか、ハイエルフの大魔法使いマリンだけだもんね。その一部、複写本だよ。私は全く読めなかったけど、君は読めるかい?」

「何となく読めます」


 巫女セナさんの目の色が変わった。

 私はフランシス語に直せる範囲で、レヴィ記の複写本を読み進めた。

 この書籍には、天地を変える魔法について書かれた箇所があり、そこに雨乞いの記載があった。


 セナさんは現代の気象学の本を持ってきた。古本と見比べる。


「とあるレヴィ族とミスルの神官は、ずいぶん昔に、砂漠の道を一緒に歩いて旅したという」

「レヴィ族は魔族の言語で、気象や天文について書いた。でも、そもそも意思疎通するための言語に意味を見出せない魔族にとっては、どうでもいい本だったんですね」

「そう。奴隷扱いされていた人間やエルフは、書物で知識を共有した。中世、黒死病の蔓延で、魔族の大半が亡くなった。慎重だった人間とエルフを主にした魔族の生き残りは、魔人族と呼ばれ、あのテラ帝国と戦った。その際に、魔人族を裏切った連中が、人間の国であるテラ帝国や周辺国へ情報を流した。その結果、テラ帝国で活躍していた魔法使いのレヴィ族のサポートで、クロスト教が最盛期を迎えたんだ」

「なるほど、勉強になります」


 へぇ。

 最後に立っていたのは、魔法を安定して使えた、人間やエルフの弱者だったんだ。

 魔法は弱者が、通常の人間と等しく力を使うための穴埋めだった。

 さらに時代が近世に進むと、急速に、魔法使いは減った。

 闇深い魔族の技能を消し去ろうとした。

 その無茶苦茶なクロスト教の異端審問で、魔女狩りされたことが大きい。

 高い魔力を自制できない魔法使いは追い詰められ、今度は人間から差別されて裁かれた。

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