第5章 ミスルのスライム巫女とオットーの商船

第29話 ミスルのスライム巫女とオットーの商船<1>

 私の名前は、マリィ=フランソワーズ=レヴィ。

 フランシス王国の出身。一応、国家薬師。

 数えで16歳女性、種族は人間だ。

 金髪くせ毛、碧い眼が眠たげ、何故か未だに魔法使いの帽子と外套ローブが手放せない。


 ボラス海峡を挟んで、東側と西側の架け橋となったイーブル。

 西方アントリアの空気を残しつつも、東方オウラの美的感性を残した石造りの建物が目立っていた。

 市場バザールには、香辛料やドライフルーツなど食料品、じゅうたん、ランプ、陶磁器、手芸品、楽器、ストール、民族衣装、様々な品がある。

 イーブルは、ガダ教の戒律が比較的穏やかな土地だ。頭や素肌を隠すスカーフは、お洒落ファッションとして扱われる。


 でも、他の土地から来た、宗教の戒律に厳しい奴もいると、パンサさんは言う。

 宗教における多様性というのは、考え方や衣食住にかかわるのだ。

 スカーフの着用に悩む女性はいるとのことだ。

 竜姫ロンキは目を細め眉間にしわを寄せて、パンサさんに詰め寄る。


「で、私は、スカーフを被ればいいのか? 別にガダ教徒じゃないし、私、竜人だぞ」

「お洒落以外の理由だと、太陽がまぶしいから、スカーフを被る人もいるね。ちなみに宗教施設モスクではスカーフを被った方がマナーとしてはいいかも」


 竜姫ロンキは竜人の女扱いされることを嫌っていた。彼女は、お洒落はあまりしない。

 マジャ以上に、陽光が眩しい街中にウンザリしていたらしい。帽子代わりに、スカーフを買って、頭を覆うことにした。


 私は、ローブと帽子を被っているから、外国人扱いされるけど、それでいいか。アルトが私の肩に乗ってゴロゴロと喉をならした。

 美味しそうな食べ物屋が眼前に広がっていた。

 ケバブやサバサンド、マントゥ、良く伸びるタークアイスの店を、私たちはスルーした。


 オットー・タークを治める、マリク王から食事会に呼ばれている。

 それに財布をすられて、私の所持金が少ない。

 竜姫ロンキも、買い物をあまりしないので、持ち歩く所持金は少なめらしい。

 パンサさんは私たちの雰囲気に気づき、少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ。


「ダイジョブ。王宮の食事も美味しいから」

「竜国の王城で食べる飯より美味いものがあるのか。少し懐疑的だよ」

「東の料理は食べたことないから分からない。だけど、フランシスの大魔法使いクロウドは美味しいと言っていたよ」

「世界3大料理の1つを知る奴が美味いというなら問題なさそうだ」


 お師匠クロウドが、このイーブルに来訪していたのか。

 フランシス料理は結構、ソースの味や、完成した料理そのものの色どりにこだわっている。

 一方で、オットー・ターク帝国は長い歴史上、東西の人間が集まる都市で、各国の商人を唸らせる料理を作り上げてきた。


 私は断然、焼き肉ケバブが食べたい。そして、他人の金で肉を食うのは、とても愉快な食事だ。

 他国を旅すると、どうしても食費を切り詰めないといけないときがある。だから、その国のお偉いさんから食事を提供される場合、ただ飯で最高なのだ。

 最初のうち、偉い人と食事は、緊張していた。でも、結論として前述のようであるから、緊張しなくなった。

 かつての旅は私を図太い性格にしてくれた。


―――


 王宮の食事席についた。まだマリク王は席についていない。

 ケバブ、ミートシチュー、それに厚焼きのパン、ヨーグルトだ。

 ぐー。私のお腹がなった。アルトも必死にご飯を食べたい欲求を我慢していた。

 王宮だろうが、庶民の食堂だろうが、私と相棒の食欲は止められない。

 ややあって。

 装飾品を首や腕に、ジャラジャラ身に着けたマリク王がやってきた。彼は席に着いて、話し出した。


「パンサ、この娘たちが、我々の商路の開拓に協力してくれるのか」

「王よ、そうです。ミスルマスラのスライム巫女から水不足の嘆願が来ていて、我々は上手く対応できなかったのですが、マリィと竜姫ロンキなら必ず、雨乞いを成功させます」

「なるほど、彼女らの問題が私たちの問題にもなっているのか。まずは水不足を解消せねばなるまい。野菜や麦にかかる輸入品の関税が高いと、あのセナが怒っていたと聞いている。あいつの国で農業が正常に進めば、需要と供給が釣り合い、適正な貿易品の価格になろう」

「そうですね。貿易問題の1つは、水不足が引き起こしています」


 食品やそれ以外でも、貿易税と自国の供給、商人の国ではそんな話が良く出る。

「雨乞い」という言葉に、竜姫ロンキは渋い顔になり、食事の手が止まった。

 だけど、私と相棒は貪るように、食事をしていた。

 王とパンサさんは、どん引きしていた。テーブルマナーなど、どうでもいい。

 軽く竜姫ロンキが私たちに注意をした。


「王宮は普通に食事するところじゃねぇぞー。ここは商談の場所だろう。あーもー、食事のマナーはこの際、仕方ない。ゆっくり食え、アホども」

「お肉おいし~!」

「うー、もー! 美味そうに食いやがって、ずるいー。私も食うよ。お前ら雨乞い、ちゃんとしろよ」


 うまい!

 竜姫ロンキも、キラキラと目を輝かせて、肉とターク・パン、シチューを口に運んだ。

 マリク王とパンサさんは、ニヤニヤと笑う。この食事をしたら、彼らの要件を飲まないといけない。

 水不足。さて、軍営都市マスラミスルの問題をどう解決しようか。


 もう、開き直った。

 私はマリィ=フランソワーズ=レヴィ!

 仲間と一緒に、問題解決のため、ミスルへ行こう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る