第27話 マジャ 廃れた炭鉱と借金<5>

 戦争1000年分の賠償金。

 700年戦ってきた結果の大敗北と、その後300年分の恨み。


 700年前の海戦で、クロスト教の領地を持つレオニアと、ガダ教の領地を持つオットーの戦争は勝敗を決した。

 結果、オットーの軍隊は大敗北した。

 オットー・ターク帝国はだいぶ領地を減らした。だが一方で、侵攻地でのガダ教の信者はそこそこ増えている。

 どこにいても、莫大な借金を持っているはずの、オットー商人はなぜか楽しそうに歌っている。

 常に、ニコニコの笑顔で明るく社交的であるとも言える。

 戦争とともに、商売も後手になっていた。


 一方、クロスト教の領地は十字軍がほとんど奪還した。

 ただ、教皇亡き、クロスト教は今、宗教として弱体化している。

 各地の戦争後、クロスト教は、宗教改革により、あちらこちらで分裂を繰り返した。

 分裂後の新教系クロストでは、クロスト教皇をトップとしない。


 それでも今なお、マジャ地方の一部でクロスト・ガダによる、戦争は小規模に続いている。

 長すぎる戦いのせいで、もはや誰が誰を恨んでいるか分からない。


 約1000年前、オットー商人は大掛かりな掛金テルクを使い、海を渡り、各地の港町を結ぶ商路を作った。

 ここまで深刻に長すぎる戦争になると、お客さんと信頼関係はなくなり、掛金テルクを使えなくなってきたのだ。


 借金地獄。

 今、オットー商人は泣いておらず、もう笑って誤魔化すしかないようだ。

 リザードマンのパンサさんは、先ほどと同じく、ゆったりと余裕ある口調だ。

 金銭感覚の鈍い竜姫ロンキの方が、多額の借金を前に焦っている。


「おい、パンサ、いい加減にツケを返せ。戦争中って言い訳にならないぜ」

竜姫ロンキ、何を焦っている。借金を作る商人は、地中海にたくさんいるだろう。俺もその1人だ」

「海路での商売は上手くいっていないのか?」

「海の収入はダメダメ。この感じ、ラヴィ鉱山からの荷物の鉄道運賃も返せないね」


「もう新しい掛け金テルクを作れないんだぞー。早いところ、お前らの王様に謁見させろよー」

掛け金テルクの問題は、俺も分かっている。もっと外の海に出られればいいんだけど。ズサラ運河の通航さえ、ミスルマスラの連中が良いっていえばなぁ。借金の桁が高すぎて、運河の通航の許可できないんだ。通行税の支払いが出来ないと思っている、ミスルマスラの連中は俺らの話を無視している」


 地中海でのオットー商人の商売は、ほぼ止まっていた。

 さらに、オットー商人は、ミスルマスラの巫女に、東へ向かうために通らなければならないズサラ運河通行を止められていた。


 私はパンサさんに話しかけた。あのビビ女王からもらった銀のスプーンを見せた。


「私はマリィ=フランソワーズ=レヴィ。オットー商船に乗せてもらって、東方賢者に会いに行きたい」

「レヴィという名、それに銀のスプーン、お嬢ちゃんはアルビオン公認の魔法使いの一族か」

「だいたい合っているわ。それに借金を返すには、アントリア以外の地での商売でないといけないんでしょ?」

「そう簡単に言わないでくれ。各地に、数百年の恨みつらみが各地に積もっているんだよ!」

「じゃあ、私は誰と会って、話し合えばいいの?」


 パンサさんは初めて動揺を見せた。

 その本心がわかったのは、彼ら、オットー・ターク人が使うターク語で、私が話しかけたからだ。

 ただの子供じゃないというのは、銀のスプーンとレヴィの名では不十分だと思っていたが、これは翻訳の能力を使って正解だったわけだ。


 フランシス語で、竜姫ロンキが話しかけてきた。銀のスプーンで、少し私に関心をもってくれたようだ。

 彼女は問題の根幹を掴んでいた。態度は悪いが、非常に頭がいい。


「なぁ、マリィ。軍営都市ミスルに知り合いがいるのか?」

「さぁ、どうだっけ? たぶん、魔法使いレヴィ族の仲間はいると思うわ」

「魔法使いね。あー、あいつかー。ミスルのスライム巫女セナは、ちょっと面倒な奴だぞ」

「どう面倒なの?」

「たまに、象形文字ヒエログリフの話をされて、こっちが知らない言語を使う」

「なるほど。私の能力がどこまで有効か分かるのね」

「そうとも言うか……」


 古い文字を見て、私とセナさんの会話が上手くいくか、そこが要だろう。

 私はやり方が分かってきて、翻訳能力で動揺しなくなった。頭が混乱するほど複雑に話さなければいいんだ。

 12歳のころの私は無自覚に、動揺もせず、このやり方をしていた。昔の私の方が話し上手だった。

 それを思い出しながら、今、言葉を使えばいい。


 私と竜姫ロンキの話を聞きながら、冷静さを取り戻したリザードマンのパンサさんは、私たちに提案してきた。

 掛け金テルクが少し動かせるように、オットー・ターク帝国の王様と話し合うのも大事だ。

 この辺りも、私たちは意思疎通が必要なのだ。

 どうやら竜姫ロンキが先ほど提案したように、王を交えた話し合いになりそうだ。


「いきなりミスルマスラの巫女に会うわけにはいかない。まずはオットー・ターク帝国のマリク王と商売について話し合わないか? 拗れそうな商売だから、俺も慎重にやりたいんだ」

「そうね」

「そうだなー」


 少し冷静に作戦を立てて、それから話し合った方がいいかもしれない。

 商人は決して、急ぐべきときを間違わない。

 パンサさんは、私の翻訳魔法にまだ疑いがあるような目をしていた。

 商人は騙し合いに強い。嘘や見栄っ張りはすぐにバレる。


 パンサさん、竜姫ロンキ、アルト、私たち3人と1匹は、オットー・ターク帝国の首都イーブルへ向かうことになった。

 ボラス海峡を望む、この地の宮殿に、マリク王は住んでいる。

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