第19話 レオニア王国同盟バルテナ・下 全世界言語理解能力<3>

 気分転換。

 食後、具合の悪いまま、寝つくのも悪いだろうとのこと。

 だから、宿舎には宿泊の手続きだけして、私たちは少しだけ歩いた。

 人里離れたようなところ、小高い丘にある小さな教会に至った。


 その間、私は終始無言だった。

 食べ過ぎたわけではないのに、私、お腹が重い。

 そういえば以前に、頭が疲れた人類って、内臓に負担がかかっていたら、身体が誤認するかも学説を、フランシス王族のレイがくれた本を読んだことがあった。

 それに、意識が遠くなっていく感じ……何故か、懐かしく感じた。

 あぁ、ハイネス北部の港街から、イグニスさんの船で脱出したとき、と全く同じ感覚かも。


(私と分離したマリィは、ここに在らず状態だった。)


 一方で、お腹いっぱい食べたアルトは、女エルフの吟遊詩人ガラハドさんの両腕の中で、すやすやと寝ていた。

 今の姿は、個人のガラハドさんだった。

 フランシス国内でよく見かける人類の、赤ん坊を抱えて、あやす母親に見えた。

 聖女ガラハさんは、人類すべてを慈しむ女神様って感じだもの。


 ついでに、女装はしているんだけど、そわそわと両手を合わせて、まるで祈るような動き。

 そんな挙動不審者のサージェを今、私は見ないことにしていた。


 さきほど、茫然としていた私を、店の席から立たせて歩くように、ガラハドさんが促したときのことだ。

『聖職者の聖女ガラハでなく、個人として吟遊詩人をやっているガラハドと呼んでほしい』と女エルフの吟遊詩人さんが口にした。

 ナニソレ。

 やる気を失っていた私は、無言で頷いたらしい。


 解釈可能なダブル重なり言葉ミーニングか。

 部分的な一致オーバーラップか。

 道草を食います、サボタージュ、ディリーディリー。


 うわ、別の過去シーンであった、サージェの声だ。


『ちょっと、ごめ~ん! その辺の雑草が食いたい気分なんだ……それは嘘だけど。正直に言うよ、僕、すごく怠いんだ。今から、ちょっとだけ休憩していいかい? 別のことをして大事な仕事の時間を潰すなって? ぐずぐずするな? も~、君は厳しすぎるよ~!』と、臆病な声でサージェが私に行ってきた翻訳が聞こえる。


 あー、コレねー。ハイハイ。

 また私は無意識で、全世界言語トラディクシヨン理解能力オートマティクを使っている。

 落胆してため息をつく。


 唐突に、もっと気分が悪くなる頭の混乱現象が起きた。

 すでに混乱していた私は、頭の中で言葉攻めを受けていた。


 これが『民族の移動』の結果だよって、何故か、エルフの姿をしたマリィが傍らに 近寄ってきて、人間の私に教えてくれた。


――――


 一陣の風が大地へ吹いた。

 何処から来たか……正体不明の影が姿を見せたとき、エルフの姿をしたマリィが現れた。

 エルフの姿をしたマリィは、魔族、神人族、人類が住処を争うと、うわさの地を怯えながら歩いていた。

 何かの影があったら隠れながら、少しずつ、恐怖の大地を進んだ。


 残念ながら見つかってしまい、妙な形の生き物が話しかけてきた。

 私が見たことがない種族かも。

 古代テラ帝国、神人族、魔族、混雑した境界の土地で、はじめて経験した謎の言語だった。


『イミワカンナイ』と心の中で思いながら、エルフの姿をしたマリィは、ただ困った顔をした。

 神人族のような、でも、魔族のような……もはや、原型がない混ざった言語に聞こえた。

 魔族、神人族、今まで渡ってきた人類の生存する地、それぞれの言語の違いを頭の中で比べた。

 それを基にして、エルフの姿をしたマリィは悩みながら、小声で呪文を唱えることを繰り返していた。

 ついに、何か閃いた顔で、謎の言語を話し出せた。

 ようやく、妙な形の生き物は頷くと、向こうへ歩いて行った。


 そして、傍観していた人間の私へ、エルフの姿をしたマリィが笑顔を向けた。


――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る