第18話 レオニア王国同盟バルテナ・下 全世界言語理解能力<2>
机の上の文字はすでに消えている。
秘密の話を教えてくれたガラハさんは、机の下のアルトを撫でまわしている。
なるほど。
フランシス人のサージェが、フランシス王家及び国民議会から犯罪の疑いをかけられているのは、殺人容疑だけではないようだ。
何百年分の国家間における負債金なんて、私は考えたくない。
それは、エレン議長に任せよう。
さて、屋外席の
意外とお金に細かい魔王サージェは、食事代の支払いを分割ですることを店側と書面で約束してきた。
エルフの吟遊詩人、もとい聖女ガラハは、白けた目で魔王を見た。
聖職者の欠片もない侮蔑が、ガラハさんの口から出たのだ。
それは氷のように鋭利な声だった。
「分割返済って……。私的な少額の借金返済ならば、
「それとこれは別の話よぉ。ガラハドちゃんだってぇ、マリィの適正能力に勘付いているでしょうぉ~? 机に秘密の文字を書いちゃってさぁ~」
「え、あんた今、何語で私に話しているの? テラリア語でも、フランシス語でも、カタロン語でもない」
魔王サージェの言葉で、私が聞き取れないこともない。それに返事だって出来ていた。
なのに、聖女ガラハは何を言い出したのだろう。
急に、私は心臓の鼓動が早くなる。
それは、秘密の筆談をガラハさんが私にしてきたのが、女装の魔王にバレているだけが理由ではない。
私、あの机の文字列を何語として読んだんだっけ。
あんなに楽しく話して、美味しい料理を食べたばかりなのに、いったい私に何が起きているんだ。
私の顔色が悪くなるのを見て、魔王は柄の悪いフランシス語でガラハさんに尋ねた。
「ははは。じゃあ、聞きこうか。ガラハドが聞き取れた単語は何だ?」
「覚えた…2人の…デス。『マイリト』『アルト』『フラ、なんとか』『マリィ』『レ、なんとか』『サージェ』『パンだと思う食べ物を表す単語』『ワインだと思うお酒を表す単語』『なんとかエクスポ』『フロン、なんとか』『なんとか、フランコ』……デス」
「うーん、悪魔の言葉をそれだけ理解できるって才能あるよー。でも言い方が悪くなるけどね、君の話し声がカタゴトなフランシス語で、僕には聞こえるんだ。ガラハド、フランシス語で話すのって苦手なんでしょ? ひー、悪いことした。ごめーん!」
「ハイ」
サージェは、気弱すぎる若者みたいな話し方だった。
これが彼の素の状態なのだろうか。
一方で、聖女ガラハは、会話の中での発音が怪しかった。
どうやら、今2人は現代的なフランシス語で会話していたらしい。
訳が分からない。
2人とも人が変わったように、今の私には見えたんだ。
そういえば、昔、お師匠クロウドにも言われたことがある。
『マリィ、この本に書いてある薬の調合方法はさ、古い魔法使いしか読めないかもしれない。ごめん、俺も勉強不足だね』
あのとき、お師匠クロウドの曖昧な笑い方に、子供の私は不思議に思った。
その後で、お師匠が夜な夜な猛勉強をしていたことは、薄らと覚えている。
私、『お師匠が読めない文字を読めていた』んだ。
記憶の中のお師匠、私の作った不味い飯と同じレベルで『それ』を軽々しく笑わないでください。
ご飯を作るなら、私は努力で克服できる。でも、『これ』は、ふつうじゃないじゃないか。
努力して……ふつうって……そういう問題じゃない。
そして今、聖職者で文字に精通するガラハさんに証人になってもらった。
サージェは、悪魔契約の本を読めるのだろう。遥か昔に滅んだ魔族の言葉で、彼と私は会話していたのだ。
さらに、ガラハさんとは無意識レベルで、私はテラリア語を使って会話していたのだ。
あの机の伝文は、全てテラリア語だった。
3年前、ただの子供の私に、国の偉い人から話しかけてくるのが理解できなかった。
12歳の私は、通訳なしで現地の人たちと会話しながら、何なら現地の本や新聞を読み見つつ、アントリア地方1周の旅を終えた。
あぁ、あのときから周囲の大人たちは、私をきっと奇異の目で見ていたのか。
私がもつ祝福と呪縛をどう国家や自分たちの利益にするか、と彼ら、彼女らは考えた上で行動したのだ。
「嫌ッ!」
今さら、私は両耳を手でふさいだ。そんなことをしても、もう無駄だと分かる。
こんな現実を私は信じたくない。でも、現実に起きているから、私は信じるしかない。
下から聞こえるアルトの「きゅ~」という鳴き声は、私を心配していること以外、私には分からない。
意思疎通の言語ではないらしいと、今さら相棒のことを理解した。
異端者の私は生まれてから、この
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