第16話 レオニア王国同盟バルテナ・上 薬師と聖女と魔王 <5>

 バルテナの街通りを私たちは歩く。

 サージェは迷うことなく、屋外席ありの飲食店バルを選んだ。

 西方料理店レストラン晩御飯ディナーだと、前菜、メイン、デザートというコース料理になって超高額だと、女装したまま真剣な顔で魔王に言われた。

 私とアルトはその国の家庭料理の店が良いんだけど、吟遊詩人のフリをした聖職者のガラハさんはどうだろう。

 立場上、接待食ってあるでしょう。もしくは教義や戒律で、何かしらの飲食を禁ずるとか。

 すると、本物の吟遊詩人のように軽快な台詞が隣から聞こえた。

 彼女の目は、輝きに満ちていた。


「パンとワインと言われたときは焦ったわ~! 他のお客さん、美味しそうなご飯を食べている~! ハムとチーズ~! こんがり焼けた芋~! きのこのオムレツ~! 油に入った海鮮の食べものと、トマトのスープ~!」

「聖職者や学生は飲み物代だけ払えばぁ、小皿料理タパス1品が無料の街もあるようだけどぉ、このカタロン地方は産業革命の恩恵で物価高騰インフレ中なのよぉ~」


 お忍び聖女が見せる私的な食欲と、忍ばない女装魔王の庶民的な金銭感覚に、私は2人への信用度があがった。

 小皿料理とはいえ、よく食べる2人と1匹がいる。

 お酒をちびちびと飲む、魔王サージェの顔色はどんどん悪くなってきた。決して悪酔いしているわけではなさそうだ。


 かつてリガルさんとの食事の場面は、「お師匠クロウドでなく、僕が兄弟子として支払おう」と息巻いていたが、結局、実家の叔父さん名義で領収書を書いてもらっていた。

 だが、女装しながらも魔王は、男気ある言葉を口にした。

 それを冷たい目で、エルフの吟遊詩人は真実を話した。


「クロストの民に借金は不要なりぃ~! 今から、わたくしめは道草を食いますわぁ~!」

「『クロストの民は今の借金をなしとする』って、クロスト・ガダの千年戦争が魔王の宣言により終わったという迷言めいげんから引用ね。因みに、レオニア王家は財政破綻して、肩代わりしたフランシス王家は今なお困窮していると、現代賢者クロウドから私は聞いたけど?」


 ガラハさんの声で、なぜか魔王サージェは冷や汗を顔に浮かべ、店との食事代の交渉で席を外した。

 一方で、サージェの言葉に私は得体の知れない不安を覚えたのだ。

 労働妨害活動サボタージュをする。ぐずぐずするディリーディリー

 何でそう思ったのか。

 このとき、まだ私は気づいていなかった。


 それよりも、魔王の世迷い言だ。

 ガラハさんが刺々しく話したことで、ふと思い出した。


 お師匠クロウドが昔、私に貧乏な理由を話してくれた光景だった。

「フランシス王国の王都パレスに住んでいる人々でも、貧乏な生活をしなくちゃいけないのは、自業自得と因果応報と巻き添えの複合要因だ」と、お師匠は物憂げな目をしていた。


 魔王の赴いた方向を見て、エルフの吟遊詩人はソワソワし出した。何かを狙っているようだ。

 決心した彼女は、椅子を私と同じ向きに近づけて、こっそりと私に内緒話をしてきた。

 ただ吟遊詩人のように、周囲の空気を震わせることない。

 無言のまま、机の上に念を送っている。

 あ、そう言えば、彼女は歌以外にも特殊な文字魔法を使う。小皿を寄せた机のスペースに、私にしか見えない文字列が浮かんで流れ出す。

 それは、レオニアとフランシスの過去、離席中のサージェの話が、文字による物語になっていた。


『これは、私個人が伝聞や資料で辿り着いた話。

おそらく、アントリア各国の公式文書とは違う点もあるかもしれない。

世を忍ぶ仮の姿の私が話せるうちに伝える。

マリィ、ここだけの話にして。

じゃあ、無言の吟遊詩人が物語をはじめるね』

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