第14話 レオニア王国同盟バルテナ・上 薬師と聖女と魔王 <3>

 吟遊詩人の恰好をした、聖女ガラハさんが私の前に現れる。

 そんなはずがないと、私は目を疑った。

 だけど、心の中のリガルさんが必死な形相で、両手を握り合わせて祈っているのだ。

 以前、私が出会った聖女殿下は、声を取り戻しかけている途中で上手く話せていなかった。

 今は逆に、私の声が出にくい状態だった。

 あれほど、心の中でナンパし続けていたのに、目の前の彼女へ声をかけられないのだ。

 別に、本当のナンパじゃない。声が震えようが、ただ私は愚直に話しかければいい。


「お久しぶりです……聖女殿下……ガラハさん……何という恰好をしているんですか。そこのサージェさんじゃあるまいし……」

「おい、サージェ! 結局、私の正体がバレたじゃないの!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ聖女様が、なぜ吟遊詩人の恰好をしているか、何となく私は察した。

 

 なるほど、私の推理は少しだけ掠っていた。

 フランシス人は、大道芸人を見るのが大好きだ。そして、社会風刺を見るのが好きだ。

 それらが、ユーモアにあふれて見えるからだ。

 大地の子である人類に生命の水を与える、それが有情滑稽ユーモアなのだ。

 つまり、このフランシスの変態クズ野郎が思いついたユーモアに唆されることで、魔法の言葉にかかったガラハさんはエルフ吟遊詩人の恰好をした。


 当の女装魔王サージェは、声を殺して笑っている。

 おい、サージェ。お前を蝋人形にしてやろうか。

 この男の始末は、私でなくて、冥王にお願いする。


 何だか、私まで恥ずかしくなってきた。

 ガラハさんの面子を潰した私は、今さら複雑な心境になった。

 思いがけない出来事が起きたら、マリィという奴は空気を読まず、2度目になる出来事を中途半端な形で回避してしまうのだ。

 2度目、3度目、と喜びながら、同じように見えても出来事を全てやりきる。

 それが、大人の仕事なのかもしれない。

 ついでに、兄弟子リガルが私の心に現れた瞬間、私はガラハさんとの約束を思い出していた。

 今度は、聖女ガラハさんの聖歌を私が聞きに来るという約束だ。


 私はもう開き直った。

 いつまでも子供でいられない。さぁ、お仕事モードに切り替えろ、マリィ。

 ガラハさんも成人女性の目に戻っている。

 私の肩から羽ばたき出したアルトと、変人のサージェだけ、子供っぽく戯れている。


「ガラハさん、私の助けが必要なんですよね。この変態の魔王に脅されていませんよね」

「えぇ、もちろん……涙が出るくらい応援に来てくれてうれしい……」

「あのー、不敬は承知で言いますが、ガラハさん顔色が悪いですよ?」

「うーん。1週間、クレモスの山々を歩き続け、聖地の巡礼路に現れる神獣へ退去願っていたから。そして唐突にこの男が転移魔法で、バルテナの港に私の身体を飛ばしやがったわ。もう、空腹な上に、移動酔いよ……」


 ガラハさんは怒りの目をサージェに向ける。

 魔王は口笛を吹いて無視をした。アルトがその音色で喜んでいる。


 さて、マリィさん、今の状況を整理だ。

 魔王を名乗るサージェは、神霊と再契約できるようだ。一方、聖女ガラハさんは神獣を祓えるらしい。

 私が手伝うことは、長年にわたる戦争で契約者が亡くなった神霊さんや神獣さんたちに、土地から立ち退きいただくことでしょうか。


 難しい顔で私は腕組みをして考えてから、異能者たちと顔を見合わせた。

 うわぁ。

 女装の魔王とエルフの吟遊詩人、2人とも目がキラキラと輝いている。

 私への過大評価この上ない、と。

 不機嫌な顔になって、私は正直に答えた。


「私に祓い士の手伝いが出来ると思っているんですか? 一般魔法もろくに使えない薬師マリィですけど!」


 不敬など知るか。

 子供のように大声で私は怒った。

 たとえ、魔王と聖女が相手でも、私は薬師マリィのやり方を貫く。

 そうだよねー、みたいな悲しい顔で2人は目を細めた。

 ガラハさんの話を聞く限り、祓い士は深刻な人手不足なのだろう。


「きゅーッ!」


 私に便乗して、アルトは別の意味で怒り出した。

「ご飯はレオニアで食べましょう」って、私が言ったんだね。

 あぁ、ごめんよ、相棒。

 完全に食事のことは忘れていた。

 私はシュンとした顔になる。

 こんなとき、変態の魔王は機転が利く。ちょっとだけ大人な対応だ。


「さぁ、交渉事は会食を交えてだわぁ~! 美味しいパンと良いワインがあれば、良い道も拓けましょうぉ~!」


 旅路には異国の美味しい食事あり。

 先ほど、船の上で南風を受けて、私は想像して楽しんでいた。

 また想像したら、お腹が空いてきた。


 3年前に兄弟子リガルは、「レオニアの家庭料理店は美味いんだよねー」と、ジノバの飲食店バルで愉しそうに話していた。

 あれから、本で何度もレオニアの家庭料理を私は見返した。

 いつか、本物を満腹になるまで食べたい、とよだれを流しながら、だ。


 妄想から現実に戻る。

 空腹で怒るアルトは、グーグーとお腹を鳴らす。

 私とガラハさんは、思わずお腹に手を当ててしまう。

 お互いに顔を見合わせ、照れながら笑った。

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