第13話 レオニア王国同盟バルテナ・上 薬師と聖女と魔王<2>

 アルトが突然、きゅっきゅっと鳴いた。それで私の目が覚めた。

 仮に彼女として。

 すると、変わり者の彼女が先に話し出す。

 会話のペースを乱され続けて、初対面の大人へ私は怒った。


「へぇ~、この子の名前はアルトって言うのねぇ~。首都マイリトの近くにある古都もアルトって言うのよぉ~。昔の偉い王様の名前にあやかった地名なんですってぇ~」

「あーもー! あなたは誰なんですか! うちのアルトは契約した聖獣ではありません! 私の大切な相棒なんですぅ!」

「……へぇ、それはごめんなさいね」

「分かれば良いんですよ! 先に名乗りますね、私はフランシス王国から来た薬師マリィです!」


 彼女の瞳が奇妙に揺れ動いた。アルトが名乗ったらしい竜語を理解している。

 その上、妙にフランシス語訛りの強いレオニア語で、私は余計にイライラしていた。

 ごめんなさい、の声も変な発音でブチ切れそうだった。

 もう、先に名乗る! 変わり者の薬師マリィとして、変人の類に負けるものですか!

 彼女は恭しく拝礼した。

 その所作で、私は腹立ちそうだったけど、彼女の自己紹介により全てが吹き飛んだ。

 私は絶叫した。


「マリィ=レヴィ様、お初にお目にかかります。わたくしめは、フランシス王国を追放されし、レヴィの一門、名をサージェと申します。今はレオニアの地を拠点に、この世をさまよわざるを得ない神霊と再契約する魔王をやっていますわ。以後、お見知りおきを」

「ギャーッ! 1番遭っちゃいけない奴―ッ! あんた、なんで女装しているのーッ!」


『前略 

フランシス王国 国民議会 議長エレン様

この度は、大変申し訳ございません。

私、薬師マリィはレオニアへ入った直後に、殺人容疑者のサージェと、ばったり遭遇してしまいました。

あれほど、ご配慮していただいたのにもかかわらず、久々の旅路で私は浮かれておりました。

 この危機を脱して、至急ガラハ聖女殿下と合流し、今後の対応を協議いたします。

草々』


 本当、今すぐ手紙にしたためたい。

 まず彼女という単語を撤回。彼、サージェは悪魔契約ができる最悪の魔法使いだ。

 ベビードラゴンのアルトに興味を持ったのも、竜語を理解できるのも、どっかの本で読んだファスト博士と同じ類、彼が悪魔契約を実行できる錬金術師アルケミストだからだろう。


 それは、フランシス王国から追放されるレベルの超危険人物じゃないですか!

 現代の魔王だ。それが私の目の前に現れた!

 あー、殺されるー! 私の人生はここでおしまいだー!

 怒って真っ赤になった顔は、すぐに、怯えとともに真っ白な顔へ変わる。

 この一瞬で、私はパニック状態へ叩き落された。


 相棒のアルトは、なぜか喜んで、私の顔を尻尾でペチペチと叩いた。

 絶望の色をした私の心を慰めるように、やや低くも響く女声の歌が遠くから聞こえてきた。


 ここに現れたのは、背の高い女性エルフさんだ。

 つばが広くて陽の光をさえぎる帽子には飾り羽がつき、短めの外套ケープまとい、中着のジレ、下着のブラウスは袖のふんわりとした感じ、丈の短い乗馬ズボンキュロットは腰のベルトで締め、長い丈の靴ロングブーツを履いていた。

 雪のように白い肌の太ももが、わずかに見えて可愛らしい。

 その穏やかな歌声と変わった服装から推測するに、吟遊詩人バードが現れた。

 ただ華美な風体は、私のようなフランシスの一般人には、大道芸人を思い浮かべさせる。


 うーん。

 それを差し引いても、引き込まれる妖艶な姿の持ち主だ。

 ひょろひょろ長身エルフの子供ブラウンとは違って、この女性エルフさんには、ものすごい大人の色気を感じた。

 長い金髪はシルクのような透明感があって、宝石のように白い肌、そして大きい目の中に澄んだ空色の瞳だ。

 引き締まったお腹や小顔によって、丸いお尻やお胸が強調され、とどめに程よく筋肉質で細く長い両脚が、愛という言葉の意味を完璧にする。

 この全身像、まるで女神ヴィナス像のような黄金比率だ。

 同じ女性として、私が悔しく思うほど、綺麗な大人の女性らしさ。


 強いて言えば、通常のエルフと比べて、尖った耳にやや丸みがあるんだけどね。

 その少しの欠点が、むしろ彼女の魅力を倍増させる。

 私は最高神になって、女神様を配偶者として迎え入れたい。

 謎の乱入者に私は、もっと混乱した。これは精神錯乱とも言える。


 私はぼんやりと、内側から湧き上がる声を聞いていた。


『ひゅー! 僕って、日頃の行いが良いんだぜ! 今日、美女との出会いを神様に感謝さ!』


 女エルフの吟遊詩人さんは、女性としての心が崩壊している私を、不思議そうな顔で見ている。


『こんにちは、お姉さん。あれ、落とし物をしましたよ?』


 何かを察したらしい。

 その吟遊詩人さんは微笑みながら、私に手を振りかける。


『はは、拾えましたね。あなたの笑顔ですよ!』


 私の中にある異性から口説かれたい欲求が、変な方向に脱線している。

 幸いなことに、美しすぎる彼女が話しかけてくれたことで、私は心を取り戻した。


「マリィ、お久しぶりね! 私の歌を聞きに来てくれたのね!」

「……?」


 間違いなく私は、この方とお会いしたことがある。


『マリィ、僕のように対応を間違ってはいけないぞ!』


 また幻聴?

 心の中から今度、兄弟子リガルの声がした。

 私の心に住むナンパ男の虚像は、やはり兄弟子でしたか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る