第11話 フランシス王都パレス 薬師と突然の失業<5>

「ふーむ。不自然に発生したオーリン火災事件で、その場にいた大人の男性の助けがあってから、逃避行の馬車を襲う盗賊から、運よく逃げた子供のマリィは、パレス地下水道で区長に保護されて、居住区の賢人に難しい本を読める子と評価された、か」


 私の話をかいつまんで復唱しつつ悩む。

 そんなエレンさんの思い詰めた顔を見るのは、ランス王の事件以来だ。

 すると全く違う角度、彼女自身の話を始めた。私には何かの例え話のように聞こえた。


「この話がヒントになるか分からない。突然だが、私は没落したレイ16世の一族の子孫だ。私の夫であるランス王は、レオン3世の子供だろう。つまり、私たちの子供である王太子レイが即位すれば、フランシス国民は王族同士の歴史的な和解を見ることができる、とかつて私は思っていた。……だが、今の私はレイを絶対に王位へ登らせない。もし彼が王になろうものなら、あらゆる手を使って退位させる。何故だか分かるかい?」

「何故ですか。不躾ですが、今、王政が機能しない国難の状況下です。王太子のレイが即位した方がフランシス国民にとって良いようにしか私には思えません」


 浅い考えの私には理解できない世界の闇があった。

 エレンさんの中で吹っ切れたようで、珍しく感情的なまま、私へ必死の訴えが続く。


「シャロ王女の呪い。その元凶である一族の末裔が私だ。かのレオン1世は呪いで亡くなったと言われる。迷信じみた不幸を背負って王に、私の息子がなるのだぞ。……アントリア全土にまた災いを起こすわけにはいかないのだ! それに私はレイの母親だ! 息子のためなら、この命など惜しくない!」

「シャロ王女の呪い……私が思うに、その闇を利用しようとする連中がいるってわけですね。私もレイには関わってほしくないです」


 シャロ王女の呪い。

 第二次百年戦争を泥沼化させたと言われる都市伝説だ。アントリア全土の王族たちや、クロスト教の教皇までが被害を受けた。

 そんなものが本当にあるとして、だ。


 まだ戦後復興の最中のアントリア全土が、その闇の時代に戻るとなると、つらい地獄だと私は思う。

 私の感想を聞いて、エレンさんの強張った表情が少しだけ緩んだ。


「そこまで裏事情を読んだか。マリィは、やはりマリンなのかもしれない」

「えー、あの大賢者マリンですか? ほめ過ぎですよ。私は魔法を全く使えませんし……」


 急に慈愛の目を向ける彼女が、私の推理力をほめ過ぎていて何だかこわい。

 お師匠クロウドが、何かとエレンさんに私のことで告げ口でもしているのだろうか。

 過剰に私をほめるのは、お師匠の悪いくせだ。


 えぇと、これもアントリア地方のおとぎ話。

 大賢者マリンは、アーサー王と円卓の騎士たちを助け、民族大移動の動乱期である中世を生き抜いた、超伝説級の大魔法使いだ。

 その伝説的なマリンしか、この世界の歴史では至高のハイエルフは存在しないとされる。

 現代の純エルフ種が400歳の平均寿命だ。神話級のハイエルフ・マリンは1000歳超で亡くなったと古い記録がある。

 だから、魔法を使えない一般人の私と、あの超有名なマリンを比較してはいけない。


 謎の咳払い。

 1人の母親としてエレンさんは、子供である私へ向けた話をまとめる。

 そして淑女というより、紳士的な手紙の差し出し方だ。


「まぁ、半分は冗談だ。ごほん……。マリィの亡き父母も、義理の父みたいなクロウドも、子供であるマリィの不幸を望んでいない。私を含めた大人どもは、いつでも君の幸せに全力を注いでいる。それが分かった上で、聖女ガラハ殿下の仕事を引き受けてくれるかい?」

「何だか、この手紙を受け取ったら、私の人生を動かしそうですね。……えぇい、薬師マリィは、難しい仕事でも引き受けます!」


 生活費を稼ぎ、そのお金で食料を買い、ご飯を食べないと私はいずれ死ぬ。

 やけくそ気味に私は、ガラハさんの救援を求める手紙を受け取った。

 パンパンと両手をエレンさんが鳴らすと、無人カフェ店は人があふれる元世界の景色に戻った。

 ひとばらいの魔法は解けた。


 最後にエレンさんから、私の苗字について聞かれた。

 疲れた顔の彼女は半分、呆けた目をしている。たぶん、これは余談だ。


「マリィの本名って何だっけ。マリィ=フランソワーズ=レヴィで合っているかい?」

「えーと、フランシス王家の姓を名乗っていいのですか……」

「ジャンヌの娘で、名目上の保護者がクロウドだから、誰も疑いようがない。気にしないで名乗ってくれ!」


 魔法使いの有名な苗字、お師匠クロウドの苗字がレヴィだ。

 たぶん、お師匠のお兄さん、お尋ね者のサージェもレヴィの一門。

 形式上、私の母ジャンヌも名乗ることは出来た姓だと思う。

 そして、他国だとフランシス王族の女性と見なされる姓がフランソワーズ。

 母ジャンヌはランス王の実姉に当たる。


 えーと、これはついでの話ね。

 フランシス王族の男性の姓としては、フランソワ。

 あの動物好きの王太子レイは、レイ=フランソワって感じ。

 フランシス王は特別姓があるらしいけど、私の知ることじゃない。


 でも、クロスト教を信仰するアントリア地方では、苗字を名乗る必要があまりない。

 契約書のサインも、今のところ、名前だけで十分だ。

 一般人が苗字を名乗る必要があるのは、クロスト教の圏外に出る時だ。

「そいつはよ、職業名だったり、居住地名だったり、一人前の苗字にするんだぜ!」と海を越えるアントリアの商人から聞いたことがある。


 自動車を運転して通りから去った、エレンさんは子供の私を心配しすぎだ。

レイの話をし出した辺りから、私と息子を間違えていたような気がする。


 レオニアって、フランシスの隣の国だもん。

 アントリア圏外へ向かって、私は海を越えないでしょう。

 その代わり、私の類推だけどレオニアには、例のサージェさんが潜伏しているんでしょうね。


 私はマリィ=フランソワーズ=レヴィ!

 相棒のアルトと一緒に、元気いっぱいの旅に出よう!

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