第10話 フランシス王都パレス 薬師と突然の失業<4>

 冗談まじりの会話劇が途切れると、何かを察したアルトが私の足にかみついた。


イタァッ!」

「さて、久々の魔法結界は上手く展開できたようだな」


 そう言うと、エレンさんは何事もなかったかのように、私に微笑みかけた。

 昼下がりのカフェ店は、それほど混雑していないとはいえ、変人ぞろいの区住民の1人もこの場からいなくなったのだ。先ほどの店員さんの気配もない。

 どういう原理かわからないけど、エレンさんが空間を隔離する呪文を使ったのだ。

 密談や暗殺に用いられる、ひとばらいの魔法だ。


 焦った私は、いつも持ち歩いているお守り的な銀のスプーンを2本取り出した。

 私の知る昔話では、狼男や吸血鬼、人を襲う悪魔の類は銀が苦手だ。

 ただ、暗部の魔法が使える人間のエレンさんはいつもの無表情だ。

 王太子レイの母親だから、そっくりな冷たい態度だった。


「あー、魔法は少々嗜む程度ね。今さら、私がフランシス王国の元暗部だったって説明いらないでしょ」

「それは済んだ話ですよね。今さら、私を殺しても、美味しくないですよ~」

「あっはっは! そんなことをしたら、私がレイに殺される! ところで、ここだけの話、マリィは危険な仕事でもほしいかい?」

「え、あぁ、そりゃあ、もちろん……」


 レイと私の絆で何とかなりそうだ。

 昔ながらの祓い士の技より効果があった。

 それでも、元暗部のエレンさんは手強い。

 大爆笑のすぐ後に真顔で、私は尋ねられた。

 エレンさん、会話文に笑いと冷たさを同時に入れないでください。

 そのせいで、マフィアのような殺し屋に脅されている感じがして、私はあいまいにしか返事が出来なかった。


 密談が必要なくらい、危険な仕事……その内容は、いったい何だろう。


 エレンさんは無言で、謎の手紙を机越しに渡す。

 私は受け取ると、本日2通目の手紙を開けた。


『Aiuto!

Marie(Francis)←Galahad(Leonia)』


 西のレオニアという国にいる、聖女ガラハさんが私に助けを求めていた。

 なぜ、私を名指しで? 

 いや、そこは、お師匠じゃないの?

 姉弟子ガラハさん、どういうこと? 


 エレンさんは机の上に両肘をつけ、口元で両手を結び、威厳ある風に私へ話しかけた。

 元暗部による私への尋問が始まる。

 この冷たい空気、以前マフィアに会ったときと同じくらいこわい。

 本当に知らない、と私は正直に答えた。


「フランシス国家として、この手紙は危険と判断し、一時的に私の権限で押収していた」

「マリィは、サージェという男を知っているか。フランシスでは有名な指名手配犯だ」

「うーん、サージェ……さん、お名前は聞いたことありません。その男性って、誰ですか?」

「クロウドの実兄で、そして君の父を殺した嫌疑がかかっている、フランセ・レヴィ家の次男さ」

「うーん? お師匠のお兄さんで、私の父を殺した……えっと、何が何だか分かりません」

「え? なんで、分からないの? いや、その、じゃあ、クロウドと君の父親の関係は何?」

「同じフランシス人?」

「……!?」


 このレオニア行きの案件は、危険人物サージェと接触の恐れがあるようだ。

 それは私にもわかった。

 けれど、エレンさんの問いは若干ズレている気がした。

 絶句した彼女は、白目を向いた。そんなに私の無知が衝撃的なのか。


 あー、思い当たる節がある。

 また私が知らない人間関係の繋がりがあるのだろう。

 ノルドの修道女イグニスさんとその娘のユールは、私の母ジャンヌが大魔法使いジャンヌだって、渋々教えてくれた。

 それに、私の母がフランシス王家の血筋であることも、お師匠クロウドは後から遅れて教えてくれた。

 この手の話は、ためらいがちに周囲の大人から子供の私へ伝わるようだ。


 私が考えている間、すでに真顔に戻ったエレンさんも考えを巡らせていた。

 いや、元暗部が必死に考える内容なのだろうか。

 ようやくエレンさんの脳内で合点がいったらしく、慎重に言葉を選んで私に話しかける。


「マリィ、落ち着いて、昔の記憶を思い出してほしい。これは君の記憶が拒否している内容かもしれない。もし心が苦痛になったら、この話はなかったことにしよう」

「いや、私の記憶うんぬんはいいので、そのガラハさんの仕事をくださいよー」

「いや、あのクロウドが最後まで口を割らなかった案件だ。私の首1つじゃ済まないかもしれない」

「いや、勿体なく思わないでください! 私は日々の生活費がピンチなんです!」


 いやいやと応酬だ。

 またフランシス会話劇が始まりそうだった。

 さっきからアルトは、私の足下で寝ている。この際、いびきは無視だ。

 眠るアルトを見てから、覚悟を決めたエレンさんは私に尋ねた。

 2人とも椅子に座る姿勢を正した。


「君が幼い頃の話だ。マリィは出生地、オーリンでの火災事件の中をどうやって脱出してパレスまで来た?」

「お父さんとお母さんと、最後にどうやって別れたかって……ことですか?」

「そう……。つらい記憶だろう?」

「家の外にいたら、母が亡くなったと必死の形相で大人の男性に言われて、火災が広がっている村から脱出する馬車に乗せられて、その後、盗賊に襲われたとき運よく私1人だけ逃げられて、パレスの地下水道だと思われるところを走って逃げていたら、ここの区長に戦災ストリート孤児チルドレンとして拾われたんですよ。この区でも有識者だったおじいさん曰く、私が難しい本を読める天才だって、お師匠クロウドに紹介されて、パンを焼かされた上に弟子にしてもらって、今に至る……です」

「……なるほど。君の記憶の中では、オーリンの火災事件はそうなっているのか……」


 静かな目でエレンさんは、私の困っている顔を見た。

 もうずいぶん前の話だ。何を今さらと困る。それ以外、私は特に何も感じなかった。

 ただエレンさんは、レイの母親だ。何か引っかかることがあるらしい。

 だが、その違和感は上手く言葉にならないようだった。

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