第9話 フランシス王都パレス 薬師と突然の失業<3>

 第二次百年戦争の開始年をさらに15年ほど遡り、前フランシス王家が国民の手で倒されるという革命運動があった。

 その頃から、フランシス国内でのカフェ店というのは、思想家、記者、作家、芸術家など様々な職種の人たちが集まり、議論を交わす場所だった。


 現在、王都パレスの街は20区に分かれている。

 川の東側の区にあるカフェ店は、下宿の学生たちや若い芸術家たちの議論の場となっていた。


 私とお師匠の隠れ家も近くにあるくらい質素な区で、水道も暖房もない集合住宅がふつうにある家賃の安い場所だ。

 ここの住人たちは日々の生活費に困っているのに陽気な奴らで、未来への野心に燃える大芸術家を志す者が多い。

 ちょっと前に私のような不審な恰好の女性が、スケベ大好きそうな男性の絵描きさんに熱烈に求愛された。

 私は飢えた彼に焼いたパンをあげただけなんだけどね。

 そういう少数派のような趣向の人もいる。

 この区の人口はここ2~3年間で急増しており、もはや混沌とした場所になってきていた。


 そんな街のカフェ店のオープンテラス席に、魔法使いの恰好をした若い女性が一人座って、お客さんを待っている。

 その女性の足下には、眠たげに欠伸をする子供のドラゴンがいる。

 それが今の私だ。

 残念ながら、今日はナンパされることはなさそうだ。まぁ、いいけど。


 車輪で動く黒い箱が私の前に近づいてきた。

 その箱についた尻のパイプから黒い煙を上げている。

 生活費を切り詰めている私は、そういう自動機械に疎い。


「何コレ?」

「お待たせ、マリィ」


 自動機械の扉を開けて、男性が着るような黒い正装服モーニングコート、黒いズボン、黒い靴、中に白シャツ、その上に黒っぽいベストを着たエレンさんが現れた。

 黒い帽子シルクハットを避けてくれたおかげで、すぐにエレンさんであると私も分かった。

 その決まり過ぎた服装に驚き、机のコーヒーカップを倒したまま、私は放心してしまった。


「いや、フランシス国民議会の議長だからね。この正装服が似合っていないだろうが、私は女性だし仕方ないじゃないか……」

「似合っているかどうかっていう、単純な意味じゃなくて! 順を追って教えてください!」

「何を?」

「まず自動機械、車輪のついた黒い箱!」


 私が質問攻めを仕掛けても、エレンさんは全く驚かない。

 彼女はつまらなさそうな視線を向けて、私の対面の席に座った。

 イラついて私はまた路肩に停まっている黒い自動機械を指さした。

 あれよ、あれ! 

 私は身振り手振りを大きくする。まるで夫婦喧嘩寸前の奥さんのようだ。

 苦笑いの女性店員さんに注文をしていて、欠伸を漏らしながら彼女はカップを受け取る。


 カフェタイム。

 まずはカップで1口、大人の余裕。カップを机の上に置く。ふぅと穏やかに呼吸。

 この間を冷静に使われると、大人と子供の差が分かる。


「……ふぅ」


 大人の間で、私の質問の意味を考えて理解したらしく、エレンさんは両手を叩いて笑った。

 そんなに大げさに手を叩いて笑う必要あるかしら。

 さすがに落ち込む。私の無知が恥ずかしくなった。

 真顔に戻った彼女は、淡々と答えた。


「あぁ、あれは自動フロ車。魔導制御なく自動で動く機械の荷車さ。主に荷物は人だ」

「あー、あのハイネスにある蒸気機関車をもっと小さくして、人の移動だけに特化したような感じですか?」

「雑に言うと、そんな感じ。動力源は、石炭でなく、石の油の一種だ。その液状の油は気体に変わりやすくて、ガスとなって車を走らせる」

「とんでもなく、効率的な動力源だわ。人の乗用する車として、取り扱いがちょっと面倒くさそうだけど」

「そうだな。たまにガス爆発する」


 注文したカフェをカップで啜りながら、平然とエレンさんは答えた。

 フロ車とは略語で、フロンティア連邦産の自動車のことらしい。

 うん、人の乗りもので、自動車ね。移動手段として画期的だ。

 でも、たまに車がガス爆発したら……乗っている人は死んじゃう。

 机の上を両手で叩いて、私は怒った。


「死んだらダメじゃないですか!」

「死なない。自動車に乗るには運転免許が必要だ」

「あー、免許が必要なんですねー。……って、その免許じゃないけど、私の国家薬師の免許が紙くずになるじゃないですか!」

「マリィ。どうどう。そう何度も怒るな。今日の議論はそのために行うんだ」

「いや、まず謝れよ!」

「この度は国家薬師制度を廃止してしまい、誠に申し訳ございませんでしたァッ! 私の議会での反対演説は何の役にも立ちませんでしたァッ!!」

「いや、それ謝り過ぎ……」


 ついつい、私はテンションが高くなってしまい、身振り手振りと言動が暑苦しくなってしまった。

 まるで戦争中の指揮官が兵士として預かっていた息子さんの死を母親に謝るように、自らの非をまっすぐ謝罪するエレンさんに、私は一瞬で冷静さを取り戻した。

 そもそも、国家宰相に等しい人に頭を下げさせるのは、一般国民の私にはあり得ない事態だ。

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