第8話 フランシス王都パレス 薬師と突然の失業<2>

 最近、パレスの空は霞んで見える。

 どうやら春だけが理由ではなさそうだ。

 少し白い空気は何だか臭いがする。

 ついでによく観察した結果、陽光と花びらを抜くと、運河の水もわずかに濁って見えた。

 私の周りも、昔見たハイネスの工業地帯に似てきた。


 海を越えて、さらにフロンティア新天地の大陸にあるフロンティア連邦という国から、フロンタルな出戻りのフランシス人たちが魔法不要の科学技術や政治団体・仕事の組織に関する制度と情報をたくさん逆輸入してくれた。

 ここ3年でフランシス国内の風景は、技術革新のおかげで変わってきた。

 何かよく分からない自動機械が煙を出して、それを操る人たちが作業しているのを、王都パレスでも最近よく見かけるようになった。


 中途半端な私の感覚でも、古い時代から新しい時代へ急成長している過渡期と分かる。

 変わることが避けられない今。

 そして未来への不安。

 あと、色々と大丈夫じゃない私。

 私の両目は、現実世界を知り過ぎて、この空と同じく薄く灰色に曇ってしまったようだ。


 ふと、小さい黒い影が橋に映る。鳥にしては大きい影。

 それは、項垂れる私の頭の上に落下してきた。


 下を向いていたせいで、私の首に負荷がかかる。

 ふんぬッ!

 私は首を押し上げて、顔を正面に向けた。


 バランスを崩したお馬鹿さんが慌てて飛び立つ。

 その黒い影の正体が分かる。

 いつもは右肩に降りるくせに、今日はどうしたのだろうか。


「ちょっとアルトぉ~! 君も成長して重いんだから、私の首が折れるわ!」

「きゅっきゅっ~!」

「あ~はいはい、謝るなら許すわよ……」


 橋の欄干に着地し直したアルトは、私の相棒のベビードラゴンだ。

 彼は赤い色の身体をもつ羽の生えた子だ。ちなみに何歳なんだろう……。

 竜騎士のアゼルさんには聞いたことないけど、私と出会ってからは3~4年が過ぎていた。

 彼は半分ふざけた顔で謝る。

 アルトは、口から離して足下に置いていた手紙を加え直してから、首を横に振り投げ、わざと私の額に当てた。


「ぷっ!」

「痛い! 最近、手紙の渡し方が雑! 反抗期なの!」

「きゅ~ん!」


 アルトめ、甘えた声で鳴けば、いつも私が許すとでも!

 こいつは確信犯ですね! 今日、アルトの晩ご飯を減らそう。

 私は半分怒りながら、手紙の封を開けた。


『親愛なるマリィへ


国家薬師の合格おめでとう!

私は議会の長として、君に話がある。

ちょっと、通りのカフェで話さないか。


フランシス国民議会 議長エレンより』


 私は、エレン王妃が国民議会の長も兼任していることを思い出した。

 依然として昏睡状態のランス王に替わり、国政を担うのが国民議会だ。

 医師法改正を国民議会に承認させてしまった。同時に、私の持つ国家薬師の資格を無意味にした。

 その件について、議長というより大人としての謝罪、いわゆる社交辞令だろう。

 あれ、私たちは、そんな人間関係だったっけ。どう怒ればいいのか、急に私は分からなくなった。

 3年前の薬師を目指そうとした頃と今、エレンさんに対する思いに私の中で温度差がある。


 目の前には、新しく舗装された通りがあった。

 この橋だって、昔は木造だったけど、今は石造りで舗装路だ。

 もう軋んだ足音が橋の上で鳴ることはない。

 お師匠クロウドは音信不通で、今どこの国にいるのか分からない。

 何年間、私はお師匠の顔を見ていないっけ。


 急にさみしくなって、私の怒りは薄れてしまった。

 ネガティブな言葉も、怒りの声も、何も口から出ない。


「……」


 無言のまま、私は手紙をたたんで、外套ローブの中にしまった。

 ただ目的のため、舗装路を歩き出すことにした。

 呆けていたアルトが慌てて、私の右肩に飛び乗った。

 私はもう、自分1人で単純な怒りを消せるくらい大人に近づいている。


 目を離した後、パレスの川面が揺れていたか、私は覚えていない。

 近頃、外の景色をゆっくりと見る余裕はなく、時間に追われて道を急いでいることが、私も増えた。

 子供も、若者も、おじいちゃんでさえも、立ち止まって話をしている人が少ない。

 みんな今日の用事や目的をもって、時間に間に合うように、パレスの街通りを歩いている。


 私が大人に近づくと同時に、世の中が新しい時代様式に変わりつつあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る