第2章 薬師と突然の失業

第7話 フランシス王都パレス 薬師と突然の失業 <1>

 春の陽射しが、穏やかに水面を照らしていた。

 王都パレスの運河は大きい。

 今日も相変わらず、光り輝く水面を割いて、古めかしい小舟が走っている。


 時折、吹く風はまだ冷たい。

 白、ピンク、色鮮やかな花びらたちが風とともにやってきて、水面を光とともに漂う。

 時折、船頭のパドルによって、水面の形を乱されても、何事なかったかのようにまた元の絵図に戻ろうとする。

 この川の流れを下っていくと、人の手を借りた小舟は海に出るのかもしれない。

 でも、花びらの1枚が、その川の流れを利用して、海を渡り他国へ行くことはまずない。


 私、マリィは2度の落第をして、ついに国家薬師になったばかり。

 数えで16歳女性、人間種のフランシス人だ。

 金髪のくせ毛が長いのも、碧い眼を包み目が吊りあがって見えるのも、13歳の頃からあまり変わらない。

 ただ冬用の防寒外套ローブは、少し丈が短く感じる。この3年間で身長が大分伸びたようだ。

 未だに捨てられない魔法使い時代の帽子をかぶって、橋の上からパレスの運河を眺めていた。


 職業としての魔法使いが、私を手放してくれなさそう。

 ぐしゃぐしゃに握った新聞紙、その記事内容を私は思い出す。

 結局、勉強を重ねても、私の努力は報われなかったのだ。

 すごく溜まっていた疲れが、ため息として私の口から出る。


「フランシス議会、医師法改正を決定。薬師制度は廃止へ……はぁ……」


 昔のように無心になって、景色を眺めたいだけのときが今でもある。

 南の貝殻は食べるところがないのでいらない。北の野草は良い値段がつかないのでたくさん採っても仕方ない。

 あの船の荷物は見たことないかも……全部売れば、いくらになるのだろうか。

 そろそろ私も生活費くらいは、自力で稼がないといけない。

 私は考えるだけ、心に穴が開いたように空しくなる。


「あは、あはは」


 この渇いた笑いでさえも上手く口から出ず、一瞬、息がつまった。


 アントリアを渡り歩いた旅路の終わりから、3年も月日が流れると、私も夢見る少女じゃいられなくなっていた。

 あの旅は私にとって、価値ある旅だった。

 壊滅的な味覚オンチが、他人が食べられる料理に成長させた。ついでに、焼けるパンの種類も増えたからね。


 さてさて。

 今では、東西の巨帯アントローラ大陸のうち大西方アントリア地方の1つの国、フランシス王国であると知っている。

 この世界は、巨大な球体の中にあるらしい。

 海の果て、西にも、東にも、南にも、別々の大地があり、色々な国々があるのだ。

 ただし、ノルドやアルビオンより北は、人類が住まない氷の大地って、どこかの商人から私は聞いた。


 知識だけ大人に近づいただけでもない。

 身長だけ伸びて大人っぽくなっただけでもない。

 私だって、「可愛かわいい」って言われるより、「綺麗きれいですね」と言われたい年頃の女性なんだ。

 昔と同じようで微妙に違う。寝不足で半開きの目は、少しシャープになっていた。


「……かと言って、私は魔法を良い感じに使えるわけでもない。目が鋭いせいで、異性からは怖がられる。念願の国家薬師になった途端に、失業の瀬戸際って、私は……はぁ……」


 この橋に着いてから、2度目のため息が私の口から漏れる。


 知恵と身体、それよりも満たされたい感情がある。

 強く他人に言えない欲求をもった人たちのうちの1人、私は自分がそういう繊細な人間だと気付いた。

 何故か、私を認めたくない心の奥底にいる自分が邪魔をする。だから、本当のことを知る度に、私の心は傷つく。

 そういう意味で、私は子供と大人の中間期なのだ。


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