第5話 フランシス・フルーラ 花と薬師<5>

 冬晴れの農場から優しい風が吹き窓をわずかに揺らす。

 小屋の椅子に座って待っていた。

 私はカップにかけたお皿を取った。そして、机にお皿を置き、手にカップをもつ。まず鼻で香りを楽しみ、1口含む。

 乾燥に時間がかかったというハーブティーは、独特の風味が鼻から抜けた。

 不安な気持ちが和らいでいくような、優しい気持ちを取り戻せるような、そんな良い感じだ。


「今年のハーブは中までぎっしりじゃー。乾燥に時間がかかってしまったがのー」

「それで、心の奥まで満たしてくれるような味わい深さなんですね」

「真面目すぎる解答よなー。それでもいい。じゃが、適当になることも生きる上では大事じゃぞ。こいつ食うてみい」

「なんですか、この茶色い野菜?」

「なんじゃろなー?」


 茶色い謎の野菜の塊だ。その答えは味わえとのこと。

 アルトは、先に噛り付いて固まった。私もその茶色い塊を手に持ってから、噛り付いて数秒間固まった。

 謎の野菜は美味いんだけど……なんだろう、このいぶした感じはソーセージ? 

 上手く表現が出来ない。困惑の表情のままで、1人と1匹は答えを探して悩んだ。

 当然、メルケさんは笑った。答えは思ったより単純だった。


「燻した大根じゃなー。塩漬けしか食わんのはもったいない。ハイネスのソーセージ技術を導入してみたぞい」

「これはこれで料理ですね。どこかの国でありそうな感じ。全然、思考が追いついていませんけど」

「なっはっはー。未知の食べ物じゃが、美味いもんは美味い。それでいいんじゃー」

「私の悩みが小さく見えてくる。メルケさんの能力はすごいのかも……」


 奇想天外な人が近くにいると、たいていの悩みが小さく感じる。

 雑に生きても、美味いものは美味い。それなりの幸せを田舎の町で感じることもできる。

 私は私の価値を過大評価していたらしい。

 もっとすごい人はこの世の中にたくさんいるだろう。

 少し反省ができたら、私の心のスイッチが切り替わる。私の瞳に明かりがついた。

 曖昧に笑いながら、メルケさんは言う。


「わしがすごい人に見えたなら、お主の見方が少し変わってきたんじゃろーな」

「私の見てきた西方圏アントリアの考え方だけだと、穿った見方だってことですか?」

「わしも西方圏アントリアしか文化を知らぬよー。じゃが、お主は旅を続けて、魔法という曖昧にしてきたものを言語化できるんじゃないかのー。魔法学の全体からみたら部分的の話で、魔法薬の分野だけかもしれぬがのー」


「正しい、間違い、それ以上のことがこの世界にはあるんでしょうか」

「ある。いっぱいあるぞー。西方圏アントリアというが、北も、南も、東も、もっと西も、人間が住んでおる世界は広い。その文化圏での価値観は、お主らの想像を超えておる。西方圏アントリアの人とそやつらがぶつかれば、新しい文化が生まれるぞーい!」

「新しい文化の爆発、すごい!!」


 諦めかけたことが変わる瞬間が来た。

 私が魔法を使えないことに絶望しないで済む方法もあるはずだ。

 どこに? 北か、南か、東か、もっと西か? 私の胸が高鳴ってきた。冒険の匂いがする。

 メルケさんは、私の旅人属性を知っているのだ。だから、私に薬師の知恵を授けてくれた。


「やはり、お主は手紙で聞く以上に、冒険者の気質がある。悩んだら止まるでない。悩みこそが次の冒険への案内図じゃ」

「まず冒険のため、私は薬師の試験勉強がしたいです」

「わしが教えられるのは少ないぞ」

「構いません。できるだけ自学します。春の試験日前まで、土をたまに触らせてください」


 目標は、国家薬師の試験で合格すること。

 知識としてより、目の前の土を触って、理解を深めた方がいい。


 私は薬師として、東西南北の国々で、香草や香辛料と出会うだろう。

 そこにいる他国の人たちと話し合い、素敵な時間を過ごせそうだ。

 さぁ、マリィ。前を向いて、勉強をするぞ。

 まずは冒険の準備だ。

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