第4話 フランシス・フルーラ 花と薬師<4>

「あ、どうも、おじいさん。私たち、メルケ=モニさんを探して、パレスから来ました」

「あー、義娘むすめの手紙が来ておったなー。メルケは、わしじゃよ」

「え?」

「あっはっは! いい反応じゃ、国王に逆らって流刑になった極悪人の顔が、こんな爺さんじゃー!」


 おじいさんの温厚そうな顔からは、戦時中に暗部の仕事を請け負っていたとは思えない。

 ここに農作業服をまとい、堆肥袋を両手で持っているお爺さんだ。

 土垢にまみれたゴツゴツした手、それは立派な農夫だ。

 その瞳は黒に近く、深い青色をしている。多くの経験を見てきたのだろう。

 アルトは、堆肥袋を見ていた。


「おう、チビ助、糞尿の堆肥を食いたいのか?」

「きゅー!!」


 アルトも気づいて、怒り唸った。

 土を食うな、って意味はそういうことだ。糞尿をアルカリ肥料化して撒く。昔からの農法、この大地を再生させる方法ではある。

 メルケさんは、悪気なかったので、笑ってごまかした。


「あっはっは! 冗談じゃ、冗談じゃー! 土を触るお嬢さんは抵抗ないのかね?」

「相棒と違い、気づいていたので、食べませんでした。でも、アルビオンの従兄は、この土でも食べかねません」

「がっはっは! そいつは愉快な男じゃのう! 君は農作業に抵抗ないかな! 手伝ってくれ!」

「えぇ、はい!」


 そういえば、従兄のアルビオン王子パーシィは、奇天烈な農業オタクだ。たぶん、好奇心から土は食う。

 あれから勉強を重ねた私は、また農場に立っている。

 メルケさんの花畑は、来年6月頃の開花に向けて、今から追肥が始まっている。

 冬の寒さ、手がかじかむ。でも、次の夏に向けて、花を綺麗に咲かせる作業ははじまっていたのだ。

 私は肥料を撒きながら、メルケさんに尋ねた。


「どうして、こんな目立たない仕事をするんですか?」

「植物の根が肥料を要求するからじゃ。石灰も撒かんと、土の養分が足りなくなるぞい」

「何と言うか、それが答えなんですね。他人に見られる植物の良し悪しよりも、まず植物を主体に考えること」

「まぁ、他人に喜んでほしいから雑用をやるんじゃのーて、植物とともに生きたいからわしは土を作るんじゃなー。はじめの目的が若干ちごうておるのー」

「雑用だと思っていないんですか?」

「はっはっはー。これ、ドラゴンの子チビ助が寝てしまうから、まず小屋でお茶にしようかいー」


 メルケさんは、最初から視点が違う。

 あの言葉、視点が違うのだ。花の視点である。


『わたしたちの町に花を植えましょう。土地に根が張るころには、やさしい人々の心を癒す花々が盛んな町になりますよ』


 街が人の手で再生するわけではない。

 花との共存で、街が生まれ変わったのだ。他人の意見が変えたのではなく、咲き誇る花々が街を変えた。

 人が出来ないことを花に託すとは、無責任な判断だ。惚けた話し方をする、このお爺さんならやりかねない。


 ただ、人があの手この手を尽くしてダメだったのだ。人は陰に回り、日向に花を咲かせる。それで成功したなら、それも正しい答えなのだ。

 私はひどく、何かやり方に囚われていた。


 寝てしまったアルトを持ち上げて、メルケさんの後について行き、休憩小屋へ入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る