第2話 フランシス・フルーラ 花と薬師<2>

 パレスの貧困街で本を貪り読んでいた時、その街の長老に紹介されて、お師匠のクロウドに会った。

 お師匠の隠れ家に招かれて、父から教わったパンを焼いた。

 懐かしい匂い、味だったのだろう。パンを持つ、お師匠の手は震えていた。

 そして、申し訳ないことをしてしまった。すまない、と何度も涙声で謝ってくれた。

 今ならオーリン村の焼き討ちを阻止できた可能性の話だと分かる。


 貧民のマリィは、その立場から脱出したかった。

 その場で、お師匠の弟子になることを選んだ。

 今こんな状態で、頭の中で、かつての私とお師匠が会話をしているのだ。


『マリィ、君のお母さんには生前お世話になった。俺は弟弟子だった』

『そうなんですね』

『姉弟子みたいな冷たい目をしているね。なつかしいよ。でも、君の瞳の奥には、違う思いが見える。それは君自身の感情だ』

『それは何でしょうか』

『魔法、だろうね。魔法使い、いや魔女になりたいかい?』

『嫌です』

『どうして?』


 お師匠が初めて動揺した顔をしている。

 あの時の私は、半分聞き流していたので、母親が魔女ジャンヌであると思っていない。

 あの病弱な母親の世話になったという胡散臭い男が目の前に現れた。

 その程度にしか、お師匠のことを思っていない。

 もっと複雑に考えてみるべきだったのかも。いや、『どうして?』とお師匠が聞いた時に、かつての私はどう答えたのだろう。


 脳内の会話が消えかかる。今、動きが悪くなってきた口を無理やり動かしてみる。


「魔法が人を傷つけるからです」


 あのときと同じ言葉。本当にそう思っているのか。

 魔法が使えなくて、王である叔父さんを救えなかった。無能のマリィのくせに。


「こんなことなら、ちゃんと魔法を使えるように訓練しておけばよかった」


 お師匠クロウドは、私に無理強いして、魔法使いという職を目指すように仕向けなかった。

 私は感情的なフランシス人だ。でも魔力は感情のコントロールが必要だと言う。

 昔を思い出して、こんなに泣いているから、上手く魔法を使えるわけがない。

 

 1人で泣く時間も大事だった。

 アルトをはじめ、みんな気を遣って、私を1人にしてくれた。

 でも、答えが出ないのだ。

 魔法を使わなくても、他人を救う方法が分からない。


「きゅー!」


 慌てて飛んできたアルトが窓から侵入してきた。

 涙でぐしゃぐしゃの顔面に、手紙が落下した。

 私は視界が塞がって、椅子から転げ落ちた。力なく笑って、無表情に戻って、起きあがる。


『やぁ、親愛なるマリィ。


 本来、私が悩むべき問題を一緒に泣いてくれていることを感謝したい。

 その感謝の意味を込めて、1つだけ答えのヒントをあげよう。

 南部の町、フルーラのメルケ=モニ町長を訪ねてみてくれないか。

 きっと義父は薬師を目指す君の力になってくれるはずだ。


エレン』


 大げさな文章だけど、エレン王妃らしい。その王妃の義父が、メルケ=モニという人らしい。

 メルケさん? 

 どんな人か、家の中にある本には記載がなかった。

 それもそのはずだ。彼の本は発禁なのだ。フランシス国から忘れられた元宮廷薬師だ。

 私が薬師を名乗るには、彼の行いをしっかり見なければならない。そこまで考えが至るまで、ずいぶん時間がかかることになる。

 私はアルトを肩に乗せて、冬の肌寒い中、フランシス国内の小旅に出ることになった。

 悲しかった気持ちが癒えていく。

 今回の短い旅でさえ、私を成長させてくれるのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る