薬師マリィさんの東方旅記-オウラジュナル-

鬼容章

第1章 花と薬師

第1話 フランシス・フルーラ 花と薬師<1>

 再生した花の町があると私は聞いた。

 その町はかつて、戦時下の徴兵により人口は減少。

 主要産業である毛織産業やブランデーは、担い手が少なくなり衰退。

 子供の出生率が低下していく。

 郊外の河川開発、森林伐採により、とばっちりで土地が不毛化。

 さらに運の悪いことに、残った住民が化学肥料や農薬で農地を耕作したが、逆に荒廃していった。

 やがて戦後になっても他の町とは違い、復興はせず。

 毎日暗いニュースが流れる町だった。


 とある人が裁判を終えて、この町長になった。

 その町長は、かつての戦争で薬物による暗殺を主導したとされた。

 だが、フランシス国側の証拠捏造が法廷で暴露されると、多額の賠償金とともに、この地方の町長に飛ばされた。


『わたしたちの町に花を植えましょう。土地に根が張るころには、やさしい人々の心を癒す花々が盛んな町になりますよ』


 彼はそう言うと、苦労した裁判で勝ち、慰謝料として得た金のほとんど全てを花の種に替えた。

 困惑しつつも住民たちは、荒れた農地、町道沿い、河川敷、こぞって花を植えた。 

 植物たちの根が張るころには、花々の匂いが風に漂う穏やかな町になった。


 メルケ=モニ。元宮廷薬師。王命でフルーラの町長になっている。


 私の消耗は、ひどかった。

 アントリア大陸を廻った1年間の旅路の果てに、薬師マリィとして生きることを決めたはずなのに。

 王妃エレンと王子レイは、王が病気に伏している混乱期をよく鎮めている。軍隊による不正も暴かれて、軍事法廷が始まったと聞く。

 この国の毒はいずれ抜けていくだろう。

 それは良いのだ。もう前に進むしかないことだ。


 王が毒水を飲む前に、私が止めることが出来た……のかもしれない。

 魔法があれば魔法を使ったのか、と同じくらい私にとっては難しい話だ。


 可能性の話が、あれからずっと私を苦しめる。

 寝ても夢の中で、王は毒水の杯を口にしてしまう。

 ずっと、ずっと、後悔が今後続くのだろうか。

 偉大な魔女ジャンヌは……私の母親であれば、詠唱魔法で止められたのか。

 そもそも、怪しい輩の暗躍を事前に止めていたのではないだろうか。


 たった13歳の少女風情が悩むことではない。

 それに頭を撫でてくれたエルフのブラウン。王子レイは、悲しい目で頷いて同意してくれた。

 アルトはいつも通り食べることで元気をアピールしてくれる。

 私は小さな小屋の中で、椅子に座って溜息をつくだけだ。


「これでいいのかい。マリィ、しっかりしないと、だよ」


 上手く睡眠がとれていないと、幻夢を見るようになってくる。

 自分の両手を固く握った痕がある。両掌に爪の痕が赤くあった。

 オーリンの村が焼き討ちにあった際、病気がちだった母と、あらゆる人を斬りつけて抵抗した父を見捨てて逃げた。

 その場にいた成人男性は、逃げろと言った。

 一緒に逃げた子供たちの馬車は火矢で燃えてしまった。

 溝水に飛び込めた私は、下水道を這うようにして村を逃れて、巨大な下水道につながり王都パレスへ逃れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る