第7話 仮初の平和
17歳当時わたしには年上のアマチュアのミュージシャンの彼がいた。彼、海斗は当時25歳で、音楽だけでは食べていけなかったため、日中は別で仕事をしているようだった。具体的な仕事内容はほとんど聞いたことがない。ただ、ビルの窓拭きをしているとチラッとだけ聞いたことがあったような気がする。
めぐちゃんは週末の土日を休みにしてもらっていたので、毎週土曜日の昼頃から海斗の家の最寄り駅で待ち合わせて二人でよく駅にあるロッテリアでホットドッグサンドを齧りながら、他愛のない会話をして、笑い合ったものだった。それはわたしにとって束の間の穏やかでささやかな幸せの時間だった。
のどかな野原に蝶が舞い、青々とした空に燦々と輝く太陽にこれ以上ないというほどの光に……そんな光景が浮かびそうなほど怖いくらいの平凡な週末を、わたしは海斗と過ごしていたんだな。今思えば、こんなに心が満たされていた週末は人生の中で数少ない思い出のような気がする。
「最近さ、夜中の決まった時間に変なことが起きるんだ」
セックスした後にベッドサイドで日本酒を飲みながらわたしは海斗に言った。
わたしたちのセックスの相性はとてもよかった。海斗が初めてのセックスの後にわたしに言った。「俺たち相性いいね」って。
セックスに相性があることを知ったのはその時だったと思う。
わたしのさっき言った発言に、海斗はベッドで寝そべりながらいつものように笑い、「変なこと?」と聞いた。「どんなこと?」と。
「決まった時間にレジの後ろにあるアダルトコーナーから音が聞こえて、そっちへ行ったら『巨乳』のボックス箱がいつも落ちてるの」とわたしは答えた。
海斗は相変わらず笑ったまま「へえ、面白いな、君が巨乳だからじゃないのか」と面白がった。
確かに当時のわたしはバストの成長が著しくて、周りからも急にでかくなったと言われていた。
「それで? その落ちた『巨乳』の箱はいつもどうしてるの?」と海斗は訊ねた。
「元の棚に戻してる」
「真面目だな」
「一応仕事だもん」
真夜中の不可解な現象は一体何なのか、毎晩起きることなのにそんなに気には留めていなかった。ただ海斗にだけはふと話してみようと思った。七馬くんにも店長にも藤川さんにも誰にも話さなかった。
「なあ」と海斗がベッドから手を伸ばした。
「最近、綺麗になったな」
そう言ってわたしを抱きよせた。
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