第8話 ドッペルゲンガー

真夜中に一人、そろそろ店仕舞いをしなくてはと思っていた頃合だった。またあの箱が落ちる音が聞こえた。

その場所へ行くとやはり「巨乳」のボックスがいつものように何かを訴えかけるかのように海の中を沈んだ船のようにポツンと倒れていた。

元の場所に箱を戻した。

「真面目だな」海斗のその声がした。


たまたまそんな時間に藤川さんがやって来た。箱のことは話さないでいようと思った。

「さかのちゃんってさ、自分の殻をもっと破れないの?もっとオープンになりなさいよ」突然そう言われた。何が不満なのか、藤川さんはわたしにそのことで一時間くらい説教をした。


ある嵐の夜だった。

本来ならその日はわたしがシフトに入っていたのだけれど、急な予定ができて藤川さんと交代してもらった。

店の看板が強風で倒れて、看板のガラスも粉々になってしまった。藤川さんは倒れた看板を元のように立て直した。それが藤川さんにとっては不幸かな、また強風によってガラスがいっぺんに吹き飛び、藤川さんの体に顔にと突き刺さった。

病院へ行ったけれどすべての小さなガラスの破片を体から抜き取るのは困難であり、そのままにしておくほかないと言われた。

藤川さんは以来、うつ病になってしまった。

だけどそれが却って功を奏したかのように藤川さんはまるで人が変わり昨日までの冷たい声も鬱陶しいお説教も煩わしい指示も何もかもがなくなって、とても可愛らしいチャーミングな笑顔を見せるようになった。昨日までは「ペンはこう仕舞いなさい」と煩い人だったのに、途端に「うん!うん!」とだけ言って笑って、無垢な少女みたいになった。そしてその光景はまるでわたしそのものを見てるかのようだった。七馬くんも生田さん(登場は初めてだけど彼女もめぐちゃんの一員であり、当時は大学生だった。長年の付き合いのある彼氏がいて、のちに結婚したと風の噂で聞いた。綺麗な人だった。)も店長もみんなどうやら同じことを感じ取っていたらしい。藤川さんがわたしのドッペルゲンガーみたいになったと。

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