夢現の色

律王

夢現の色

夢現ゆめうつつの色


専門学校そんなところに行くくらいなら、さっさと荷物をまとめて出ていきなさい!」

母がヒステリックに声を上げる。元々私の夢に反対しているのは知っていたが、まさかここまで拒絶されるとは思っていなかったから、少々動揺してしまう。

写真家を夢見て会社を辞め、取材と言って家を飛び出し、そして帰ることのなかった父。その父の後を追い、自身も写真家を目指す私を待っていたのは、唯一残された家族からの拒絶であった。

私の身を案じ、また、再び家族を失わぬよう娘の手を引きたい母の心情も理解できるが故に、私は何も言い返せず、黙り込む他なかった。

以前、父がよく言っていた。

「写真って言うのは、今生きてる世界を切り取って、『うつつ』を写し出すんだ。」

最近、母がよく言っている。

「写真って言うのは、今生きてる『現』から目をそらすためのものなのよ。」

私には、どちらが正しくて、どちらが間違っているか分からない。写真家という夢を与えてくれたが、私の前から居なくなってしまった父。女手一つで私を育ててくれたが、写真家という夢を拒絶する母。そのどちらもがこれまでの私を形作るのに必要で、これからの私を形作るのに邪魔な存在。

「あなたのお父さんはね、急に会社を辞めてきたと思ったら、写真家になる、なんて言い出して。一体、私たちのことをなんだと思ってたのかしらね。」

そう言う母の目には、怒りと涙の裏に哀愁の色が見え隠れした。

ふと、シャッターを切りたくなった。涙に潤んだその目を切り取り、永遠のものにしたくなった。

そんなことを言えば、母は更に怒りの色を深めるであろうことが容易に想像できるから、決して言えないのだが。

「ごめん、さっきは強く言い過ぎたわね。ご飯にしましょ。」

涙を拭い、立ち上がる母の背には、先程までの色はなく、私を一人で育てあげた、力強い姿があった。

ふと、父の言っていたことがわかった気がした。

母の姿には、何か惹き付けられる色があった。その色はその時々で輝きを変え、そうしてまた新しい景色を作り出す。その過程を切り取り、決して忘れられぬようにするのが写真なのだ。

何気なく見た外の景色は、何か昨日までとは違う気がした。私は無性にカメラで撮りたくなった。なんてことは無い、毎日の風景。しかし、決しておなじ瞬間は無い、毎日の風景。

私のカメラには、今、どんな色が映るのか。レンズを通して見た世界は、どんな色で満ちているのか。

母には悪いが、そのワクワクは一生涯忘れることは無いであろう。

次切り取るのは、どんな瞬間ときか。「過去」か「未来」か。「夢」か「現」か。

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夢現の色 律王 @MD_aniki

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