竹本の鉄道に関する空想録

竹本田重郎 

東海道新線(小田急・静岡鉄道編)

 会社の営業所がある静岡市に出張に行くことになった。私は所謂サラリーマンだが管理職に該当する。全国各地の営業所と工場に行く出張が大半を占めて移動手段に鉄道は欠かせなかった。なにせ自動車運転免許は持っているが事故を起こされては堪らない。日本が世界に誇る鉄道を利用してもらう方が出費は多くても安心できた。


「静岡への出張が小田急と静岡鉄道で良かった。こだまは新幹線で高い。東海は特急で安いが静鉄ライナーや小田急ロマンスカーには敵わない。こういう時に鉄道マニアで良かったと思えるね」


(5番線に駿河ライナー1号の新静岡行きが参ります。この電車は静岡鉄道へ直通運転を行います。全車指定席でご利用には指定席特急券が必要です)


「静岡鉄道か…」


 東京都から静岡県への移動にJRの東海道新幹線と在来線が候補に挙げられるが、少しでも交通費を節約したい者は新幹線を除外し、私鉄ネットワークの東海道新線(又の名を第二東海道線)を利用する。JRの東海道線は大動脈と機能して旅客列車と貨物列車がビュンビュンと駆け回り、JR東日本とJR東海は東京と静岡を結ぶ在来線特急に東海を運行したが、貨物列車を縫うように運行する都合で利便性は良好と言い難かった。それ以前に東海道新幹線と役割が被っている。


 ここに私鉄の東海道新線が出番と躍り出た。主に小田急と静岡鉄道がJRのライバルと君臨した。小田急独自のロマンスカーと静鉄自慢のライナーが運行される。静岡鉄道は静岡県中部の地方私鉄だが、大手私鉄に準ずる財力を有して地方私鉄にもかかわらず、遠州鉄道と並んで不動産や自動車、商業施設など多角的な経営で有名だ。静岡市民らしい団結力を発揮すると、小田急や遠鉄、名鉄、近鉄と連携して東海道新線(第二東海道線)を確立する。


「この全車二階建ての駿河ライナーに乗りたかった。単に快適性を求めれば小田急ロマンスカーになる。鉄道マニアには静鉄二階建てライナーが堪らない。新静岡まで良好な眺望を楽しもう」


(黄色い線の内側でお待ちください。5番線に入線中の列車は7時ちょうどの駿河ライナー1号の新静岡行きです)


 小田急新宿駅の5番線に新静岡に向かう特急の駿河ライナーが入線中だ。小田急ロマンスカーと区別するために「駿河ライナー」の文字が刻まれる。小田急と静鉄の利用者の大半は「駿河」の単体で呼称した。小田急のロマンスカー料金と静鉄のライナー料金で異なるため、駅員は利用者に念入りな確認を怠らず、実際に二度か三度は確認される。


 これには苦笑いを余儀なくされた。


「どうぞ」


「あ、すいません」


「いってらっしゃいませ」


 車掌さんか運転士さんが乗車を促してくる。特に清掃作業は無かったので直ぐに乗車した。駿河ライナー1号は静岡鉄道が誇る全車両が二階建ての「1500系」で運行される。静岡鉄道は通勤や出張などビジネスの需要を重視して一人でも多くの乗客を運ぶために全車二階建てに拵えた。


 JR東日本の215系と似た設計も静鉄長沼工場の匠が手心を加え、限定的な優等列車に充当し、全席がリクライニングシート等々より悪評は聞かれない。ライナー料金が全区間統一の700円であることも大きかった。新宿から静岡までを「安く・早く・快適」に移動したい需要に合致する。215系が早々に姿を消す一方で静鉄1500系は登場から20年が経過して尚も活躍中だ。


 乗客のスムーズな乗降を重視した両扉のドアを潜ると二階建て車両特有の階段がある。せっかくの良好な景色を楽しむため、当然と言わんばかり、二階の指摘席を予約しておいた。現代はインターネット予約の座席表から直に指定できる。インターネット予約が色々と楽で助かった。


「静岡のハンバーグ楽しみだねぇ」


「お魚も食べたい」


「久能山東照宮に行こうよ」


 自分以外の乗客はサラリーマンや旅行客など朝の割に多い。東京から静岡へ向かう需要は意外とあるらしく、高速バスには速達性と快適性で勝り、JRには料金に勝り、静鉄と小田急の見事な連携で競争を優位に進めた。さらに、JRが遅延や運転見合わせの際に代替の手段を務めている。静岡鉄道は絶対に運転を止めないことで知られており、静岡市民は「静鉄が動いているなら大丈夫か」と物差し代わりにする程であり、小田急本線の遅延に巻き込まれた時は鬼の回復運転を行った。


(本日も小田急・静鉄の駿河ライナーをご利用いただきありがとうございます。この列車は特急駿河ライナー1号の新静岡行きです。途中の停車駅は町田、本厚木、秦野、小田原です。小田原から先は静岡鉄道に直通して熱海、三島、沼津、新興津、新清水駅地下ホーム、草薙駅地下ホームに止まります。終着の新静岡駅地下ホームでは浜松方面、富士山静岡空港方面の各列車に接続します)


「これで700円は破格の良心価格だな。小田急はまだしも静鉄の底力や恐ろしいぞ」


(全席指定でご利用にはライナー券が必要です。ライナー券は車内販売も行っておりますが、車内の販売価格は駅の販売価格と異なりますので、お求めの際は十分にご注意ください。ライナー券の表面に記載されました指定席をご利用いただき、列車番号、号車番号、席番号を今一度ご確認ください。本車両は二階建てのため二階と一階の表記がございます。お間違えの無いようお願いいたします)


「そうか二階建て車両だと席を間違えることが頻発するんだな。小田急の乗務員は良い迷惑であるよ」


 こちらは利用者だから何てことはないが乗務員にとっては泣きたくなろう。二階建て車両は定員数を大幅に増加させられるが、その反面に一階と二階を勘違いするといった勘違いが頻発し、ライナー券には一階又は二階がクッキリと刻まれた。それでも勘違いする時は勘違いする。車掌は正しい席への案内に忙殺されること間違いなしだ。


「ご乗車ありがとうございます。駿河ライナー1号です。お席のお間違えにご注意ください…」


「ご苦労様です」


 出発前の車内放送を終えた車掌さんは一号車から六号車まで巡回する。外国人観光客の姿も見られて言語の壁を超えて案内を試みた。我々の利便性は現場で働く方々の努力で維持されている。そんなことを考えていると発車時刻になってホームに乗車促進のアナウンスが流れた。車掌さんは最終チェックを行って誰一人として漏れがないことを確認してからドアを閉める。運転士へ合図を送ると駿河ライナー1号は新静岡へ向けて発車した。


 静鉄1500系はVVVFインバーター制御による特有の加速音で小田急新宿駅から離脱する。朝ラッシュの時間帯を縫う都合で加速性能と制動性能を重視し、静鉄長沼工場の匠が完成後も手を加え、到底も地方私鉄が保有する車両とは思えなかった。JRはおろか大手私鉄の特急列車と張り合える。


(平成ちゃっきり節をアレンジしたメロディーが流れる)


「そうか、茶処か」


 静岡らしいちゃっきり節のメロディーが流れた。それから車掌さんの案内放送が始まる。今は自動化の時代で録音データを流すことが多く、小田急も静鉄も案内放送は自動音声に任せているが、特急列車(ライナー列車)は自動と手動を織り交ぜた。案内放送自体は発車前と概して共通している。


(終点の新静岡では接続を行います。遠州鉄道新浜松行きの快速、大井川鐡道富士山静岡空港行きの空港急行をご利用いただけます。その他の接続は静岡鉄道の乗換案内をご参照ください)


「静鉄の路線図を見るだけで卒倒しかける。なんだこの一大鉄道ネットワークは…」


 アナログな人間なので冊子の時刻表を愛用した。静岡地区を見れば静岡鉄道の一大鉄道網が形成されているではないか。自動車が幅を利かせている時代に広大な鉄道網を維持していることに驚嘆したが、主要都市の連絡だけでなく、富士山静岡空港や山地ことオクシズ、御前崎や浜岡など沿岸部等々の各地を繋いだ。何かと自動車の高速バスが有利である時代に鉄道網を堅持する胆力に驚かない者は皆無である。


「この目で見て、この耳で聞いて、私が直に確かめるしかあるまい」


 駿河ライナーは新静岡へ加速した。

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