第弐話 トイレの花子さん
子供たちが下校した後の小学校。
三階にある女子トイレ。
そこに町田はいた。
不審者や変態だからではない。れっきとした仕事でここにいるのだ。
彼の会社が小学校のトイレ工事の改修を請け負い、昨日完了した。町田はその最終確認に来ているというわけだった。
「ありがとうございます。これで子供たちもトイレに行きやすくなります」
とは、小学校の先生の弁。
どうもこれまでは和式便器だったため、トイレをためらう子供が多かったという。それを今回、全て洋式便器に変えたのだ。
町田は設置に不備はないか、水はきちんと流れるか、などを一つ一つ確認していく。そして最後の一つ、一番奥の便器の確認を残すのみとなったとき、先ほど先生が口にしていた言葉を思い出した。
「いや、ね。子供たちがよく言ってるんですよ。三階のトイレには『トイレの花子さん』が出るって。一番奥のトイレのドアを三回ノックして、『花子さん、遊びましょ』って声をかけると、中から返事がかえってくるとか――」
「――まさか、ね」
ちょっとだけぞくっとしながら、町田は一番奥のトイレのドアの前に立った。
そして。
コン、コン、コン。
なんと町田はドアを三回ノックして、こう続けたのだ。
「花子さん、遊びましょ」
すると。
「……何して遊ぶ?」
誰もいるはずのないトイレの中から、声が聞こえた。
バン!
すかさず、町田は勢いよくドアを開けて言った。
「筋トレ!」
「……へ?」
トイレの中には、オカッパ頭で、白いワイシャツに赤いスカート姿の女の子が驚いた顔で立っていた。
「き、きんとれ? きんとれって……何?」
「うーん、君を見る限り……鍛えるべきは足かな? そうだな、全身運動にもなるスクワットがいいかもしれないぞ!」
町田は花子さんの言葉に耳をかさず、勝手にスクワットをする
「よーし、じゃあまずは便器の前に立って」
「こ、こう?」
「そうだ! そして次は便座に座るんだ。ただ、お尻はつけないようにして、ギリギリで耐えるんだ」
「うっ、きつい!」
「膝を前に出すと負荷が逃げちゃうから気をつけるんだぞ!」
「ううっ!」
「そして立ち上がる!」
「ふうっ!」
「それを繰り返す!」
「はぁはぁ……これって遊びなの?」
「遊びじゃない! トレーニングだ!」
「ひいっ!」
花子さんは延々とスクワットを繰り返す。いや、繰り返させられる。
「ぐすっ、足が痛いよぉ。お家に帰りたいよぉ」
「もう少しだ! 今、いい具合に筋繊維が破壊されている! 明日の君はもっと強い自分になっているぞ!」
町田も一緒になってスクワットを行う。ズボンに隠れている
「あと一回!」
「う……ううっ!」
「がんばれ!」
「む、無理ぃ」
花子さんの顔が歪み、便座に座りかける。そのときだった。
町田の手が花子さんの背中をすっと支えた。いわゆる補助というやつだ。
そのおかげで花子さんの体が持ち上がる。
「あっ、できた……!」
最後の一回、スクワットを無事に終えた花子さんは満足そうに笑顔を浮かべた。
「よくやった! どうだい、疲れたけれど気持ちいいだろう? これがオールアウトというものなんだ!」
町田が花子さんにそう話しかけたが、彼女はいつの間にか姿を消していた。自分の限界を超えたことで、成仏したのだった。
「ありがとう……おじさん」
町田の耳に、そんな声が聞こえたような気がした。
「お疲れ様でした、町田さん」
点検を終えた町田のもとへ、先生がやってきた。
「で、どうでした? 花子さん、いました? なーんちゃって」
先生の冗談に対して、町田は真剣な面持ちで、廊下の窓から見える空を見上げながら答えた。
「トイレの花子さんはいませんでした……ただ、優秀なトレーニーがいただけです」
「は?」
先生がなんだコイツ? という目で町田を見ていた。
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