怪異M

まめいえ

第壱話 メリーさん

 町田まちだ元気げんき44歳。会社員。

 今日も仕事を終え、ちょうど会社を出たばかりの彼のもとへ、一通の電話がかかってきた。


 プルルルルル プルルルルル


「非通知設定」

 スマホの画面を見て、いつもならほったらかしにしておく町田だったが、なぜか今日ばかりはそういう気にならなかった。いや、むしろ取らなければいけない。そんな気がしたのだった。


「はい、もしもし」

「あたしメリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」

「ほう、どこの?」

「……え?」

「どこのゴミ捨て場?」

「……えっと、わからない」

「そうか。気をつけてね」

「……ありがと」


 町田は通話を終えると、スマホをシャツの胸ポケットに入れて歩き出した。


 プルルルルル プルルルルル


 しばらくすると、また電話がかかってきた。

「非通知設定」

 町田は赤信号の前で立ち止まると、スマホを取り出し耳に当てる。


「はい、もしもし」

「あたしメリーさん。今、郵便局の前にいるの」

「ほう、どこの?」

「……え?」

「どこの郵便局?」

「……わからない」

「郵便局の入り口近くに書いてない?」

「……あ、あった。えっとね、松千代マッチョ郵便局って書いてあるわ」

「いいセンスだ!」

「え?」

「素敵な場所にいるじゃないか……素晴らしい」

「……えへへ」


 町田はスマホを胸ポケットにしまい、信号が青になると再び歩き出した。


 プルルルルル プルルルルル


 懲りずに再び電話がかかってくる。

「非通知設定」

 町田は画面を確認することなく、電話に出た。


「はい、もしもし」

「あたしメリーさん。今、あなたの家の前にいるの」

「残念だが、俺はまだ家に着いていないぞ」

「……え?」

「しかも今日は寄るところがあるんだ。すまない」

「……どこに寄るの?」

「それは……内緒だ」

「わかった、別の女のところでしょ」

「ははは」

「いいもん、これからあなたのところに向かうから」

「おお、待っているよ」


 町田は少し笑みを浮かべて、スマホをしまった。


  プルルルルル プルルルルル


 今度は十数分ほど経ってから、電話がかかってきた。

「非通知設定」

 ふう、と一つ息を吐くと、町田はビルの前で立ち止まり、電話に出る。


「はい、もしもし」

「あたしメリーさん。今、あなたの後ろにいるの!」

 

 次の瞬間、待ってましたと言わんばかりに町田は勢いよく振り返る。

「ひいっ!」

 声を出したのはメリーさんの方だった。

 まさか、こんなにすぐに振り返るとは思っていなかったのだ。

 そして。


 電話の相手が、こんなマッチョな男だとは思わなかったのだ。


「やあ、君がメリーさんか」

「え……ええ、はい」

「いやぁ、君、こんなに何度も電話をかけてくるなんて、相当ストレスが溜まっているなぁ」

「へ?」

「ストレス発散には筋トレが一番! ほら、ちょうどここにジムもある!」

「は?」

「今日は特別に体験ということで、一緒に入るとしよう。なぁに、私がうまく話をつけてあげるから心配ない!」

「ちょ、ちょ、ちょ!」


 なんの躊躇ためらいもなく、町田はメリーさんの腕を掴んで目の前にあるジムに入っていこうとする。

 抵抗するメリーさんだが、マッチョの腕力にはかなわない。そのまま二人はジムに入っていった。


「ひぃぃぃぃ!」

「がんばれ、もう一回!」

 なぜかメリーさんはベンチプレスをさせられていた。その後ろには優しい眼差しで見つめる町田の姿があった。もちろん、安全のため、そして補助のためにバーに手を添えて。

「ほらほら、大胸筋も上腕二頭筋も喜んでいるよ!」

「喜んでなんか……ないっ!」

「私は町田。バーベルの後ろにいるよ!」

「あたしのセリフを真似するなぁ!」


 こうして、メリーさんは町田のおかげで筋肉痛になった。

 それ以降、町田のスマホにメリーさんから電話がかかってくることはなかったという。



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