あなたに届け、応援歌(玉森観取央×川崎奈都美)
「その節はお世話になりました」
そうお行儀よくお辞儀をする少女――――とても微笑ましい光景だ。少女が幽霊であることを除けば。
この少女は以前知り合った幽霊だ。成り行きで、彼女の兄の恋模様を共に見守ったことがあった。それだけの縁である。
「吾輩のハイパージャスティスアタックが功を奏したのであるぞ」
この、
「それで、俺たちに何か用か?」
「そうなんです。お二人のキューピットの腕を見込んでお願いが」
「前提から間違えてるぞ。俺はキューピットじゃねえよ」
話を聞かず、幽霊少女は「じゃーん」と何かお目見えさせた。そこにはむすっとした仏頂面の少年――――もとい、少年の霊がいた。
「……なに仲間呼んでんだ。勘違いしてるかもしれないが俺はお前らを祓う側なんだぞ」
「悪霊を、でしょ? 私たち悪いことしませんよー」
「まあいいではないか、若いの。話を聞いてやろう」
少年はむすっとしたまま口を開かないので、代わりに少女が説明を始める。
「この人は死んで四年経つらしいんですが、当時付き合っていた後輩の女の子がいまだにこの人を忘れられずにいるのが心苦しいそうなんです。それで、その女性が最近ある男の子といい感じなので、応援したいと――――」
「違う!!」
急に少年が口を挟んだ。
「逆だよ。俺は奈都美からそのガキを引きはがしたいの! あんなやつ、認めねえからな」
椿樹と名威は顔を見合わせる。「もう、先輩さんったら素直じゃないんだから」と少女が頬を膨らませた。
川崎奈都美、というのが少年の付き合っていた後輩女子らしい。今では二十歳の大学生だそうだ。
趣味は歌うことと、散歩。そんな彼女があてもなく歩き回っていた時に出会ったのが、
奈都美と観取央はすっかり意気投合し、奈都美はよく観取央のギターを聴きに公園へ足を運ぶようになった。それが言外の待ち合わせのようになり、早三か月。
「なかなかお似合いだな」
二人の様子を陰から見た椿樹が小声で言う。先輩は苛立った様子で、「いいや、あんなガキは奈都美に似合わないね」と言い切った。
「年下なんてダメだ。奈都美を任せられない。ましてや高校生なんて」
「お前さんが死んだときと同じ歳ではないか?」
「ぐっ……それはそうだけど」
空咳をした先輩は「それだけじゃない。あいつは何か隠してることがある! ゼッタイ!」と拳を握る。「あんないかにもロックに傾倒する高校生って感じで何を隠してるってんだよ」と椿樹は顔をしかめた。
「あれはハーフエルフだぞ」
不意にそんな声が響いて、全員横を見る。
いつの間にか椿樹の隣にしたり顔で立っていた西洋人風の男が、腕を組んで「俺にはわかる。あれはハーフエルフだ」と断言する。
幽霊少女と猫と椿樹は、「誰?」「さあ……」「知らん」と顔を見合わせた。
「あんた誰なんだ」
「俺は騎士だ。異世界から来た。名乗るほどのものでもない」
「そこまで言ったら名乗った方が早いだろ」
「ブレード・グランドゥールだ」
「名乗るのかよ」
「おそらくはあの男の両親のどちらかが、俺と同郷なんだろう。だが決して悪く思わないでくれないか。生まれと種族は自分の選べるものではないし、あの男もこの世界に馴染んでいるように見える」
「まあそうだな」
では失礼する、と言って騎士は去っていった。「なんだったんだ?」と椿樹は怪訝な顔でそれを見送る。
「……ハーフエルフだって? ますますそんなやつに奈都美を任せられない」
「今、通りすがりの騎士も言ってただろ。生まれや種族で偏見を持つのはどうかと思うぞ」
「同じ時間を生きられないだろ!!」
「それはちょっと真っ当な意見だな」
見れば、奈都美は観取央のギターに楽しそうに拍手を送っていた。いい雰囲気である。
すると観取央の方が頭を掻きながら、口を開いた。
「なあ、奈都美サン……いつも聴きに来てくれてありがとな」
「こちらこそ、いつも素敵な演奏をありがとう」
「それで……なんていうか、いつものお礼っていうか」
言って、観取央はポケットから何かの紙を出して奈都美に差し出した。
「当たったんだァ、チケット。このバンド、奈都美サンも好きだって言ってたろ? よかったら一緒に、どうかと思って……」
おおっ、と名威たちはどよめく。先輩も身を乗り出してその様子を見守った。
目を見開いた奈都美はチケットをじっと見つめ――――
一言、「ごめん」と呟いた。
「二人では、行けない。せっかく誘ってくれたのにごめん。誰か他の人と行ってきて」
「あ……あー、そうだよな。こんなガキと行かねえよな。こっちこそごめん!」
「……違うの。本当にごめんね」
気まずそうに別れの挨拶を告げた観取央が去っていく。残された奈都美はぎゅっと自分の腕を掴んで俯いていた。
名威と椿樹が先輩を見る。
先輩は拳を握り、「頼みたいことがあんだけど」と顔を上げた。
自室のベッドに腰かけて、奈都美はため息をつく。
観取央が自分に対し、淡い恋慕を抱いてくれていることは気づいていた。それにまともに向き合わず、ここまで来てしまった。
どうしても、先輩のことを思い出す。あの十八歳の少年に、先輩の影を重ねてしまっている。
それなら二度と会わなければいい。それだけだ。
なのに、明日も彼に会いたいと思っている。先輩のことを忘れて新しい恋を始めようと思うのも不誠実で、かと言って想いに応える気もないのにこのまま観取央と会うのも不誠実。今の状態が一番いけないとわかっていた。
「……もう、やめよう」
そう呟いた時だった。
カツカツと何か音がする。窓の方からだ。
カーテンを開けると、鯖模様の猫が窓ガラスを引っ搔いていた。思わず、奈都美は窓を開ける。
「珍しいわね、こんなところに猫だなんて。どうしたの、君。お腹がすいたの? かつお節でも食べる?」
ちょっと待っててね、と奈都美はキッチンに引っ込んで、だしに使うはずだったかつお節を探す。
「────しかし、若いの。かつぶしをだな」
「いいから早く降りてこい。鰹節なら買ってやるから」
「仕方あるまい」
そんな声が聞こえた気がして慌てて部屋に戻ったが、声の主がいないどころか猫の姿もない。「もう行っちゃったの」と少し残念に思っていると、不意に窓際に何か落ちていることに気づいた。
「あら……こんなとこにCD置いたかしら。変なの。猫ちゃんが置いてったみたい」
そんなはずはないが、くすりと笑いながら奈都美はそれを拾い上げる。
「懐かしいな、このCD。先輩とよく聴いたっけ」
なんとはなしにCDをプレイヤーに入れてみた。優しい応援ソングが流れ出す。
『――――先輩、卒業したらこの町、出て行っちゃうんですか?』
『そうだなあ。寂しくなったら連絡くれよ、飛んでくるからさ』
『……はい』
『って言っても奈都美ってそういう時我慢しがちだもんな。言いづらかったらこの曲聴いて、俺のこと思い出してよ。遠くにいても、奈都美には笑っていてほしいから』
涙があふれる。
「わたし、このままじゃダメだ」と、言葉が零れた。
「このまんまじゃ、いつか先輩に会えたとき、ありがとうも言えない。私、本当はまた失うのが怖いだけだ」
涙を拭う。深呼吸する。
「もう、先輩のせいにするのは止める。いつか先輩に会えたとき、あなたと過ごした日々は楽しかったって、あなたのせいで不幸になったことなんて一度もなかったって、言えるように頑張る」
そう前を向いた奈都美と背中合わせに、膝を抱えた先輩は微笑んで「うん。頑張れ」と呟いた。
部屋にはあたたかな歌がしかし力強く、響いていた。
いつもの公園で、いつもと違い先に来ていた奈都美が歌をうたっている。その美しい歌声に、後から到着した観取央はぼうっと見とれた。
それからハッとし、奈都美の見えないところでしゃがんでそそくさと何か言い始めた。
「ええっと、呪文は……こうか?」
そう言っているうちに、なんとその手のひらからバラの花束が出現する。こほんと空咳をし、立ち上がった。
奈都美のもとへ駆けて行った観取央は、たった今出した花束を差し出す。奈都美は驚いた様子ながら、嬉しそうに「ありがとう」とそれを受け取った。
「……昨日言っていた、ライブのことなんだけど」
観取央がバンザイしながら大喜びしているところを遠くから眺めながら、先輩は小さく「ハーフエルフかぁ。丈夫そうなツラしてるし、俺みたいに奈都美のこと置いてったりしないんだろうな」と呟く。そんな先輩の隣に並んだ椿樹が、「伝言ぐらいなら伝えてやるぞ」と肩をすくめた。
「伝言? いいよ、今さら。何言ったって奈都美の足引っ張るだけだろ」
「そうか?」
「……あ、でもあいつには言っときたいことあるかも」
そう言って、先輩は椿樹に耳打ちをした。
ギターを抱えたままスキップで帰りそうなほど浮かれた観取央に、椿樹は「ちょっといいか?」と声をかける。立ち止まった観取央が、「? なんすか」と首をかしげた。
「これは俺の言葉じゃなく……匿名希望者からの伝言なんだが」
「はぁ」
「『奈都美を泣かせたら祟るぞ。ちゃんと幸せにしろよ』だとよ」
「はあ?」
初対面でこんな難癖をつけて、通報されたらかなわない。「じゃあ伝えたからな」と椿樹すぐその場を立ち去ろうとする。
しかしそんな椿樹の想いと裏腹に、観取央が「オイ」と口を開いた。
「そいつに言っといてくれ。『望むところだ。大切にする』って」
そう言って少年は走っていく。
椿樹は頭を掻いて、「だってよ」と横を見た。先輩はため息混じりに「生意気だ」と、笑った。
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