はじめての共同作業(夜鳥繰流衛門×銀音雷香)

 活気あふれる夜市を、人にぶつからないよう縮こまりながら雷香は歩く。大きめなコートはこういう時顔を隠すのに便利だ。

 雷香は探偵である。失せ者探しから浮気調査まで幅広く依頼を受ける。

 今回は人探しだ。とある資産家の姪を探している。「姉夫婦の忘れ形見なんだ。あの子に何かあったら姉に合わせる顔がない」と憔悴しきった依頼人を一日でも早く安心させるため、雷香も気合いが入っていた。


「それにしても……」


 夜市は賑やかで楽しく、妖しい。目撃情報を受けここまで来たが、十四歳の子が出入りするようなところではない。無理やり連れてこられたのだろうか。

 先ほどから何人かに聞き取りをしているが目立った成果はない。空振りに終わるかもと思いながら夜市の端を目指す。


「こんばんは。少しお話を聞かせてもらってもいいかしら」

「ヤァ御嬢さん、ボクの店に何か御用かい?」

「……ここはなんのお店なの?」

「何のお店って一言でいうのは難しいなァ。御覧、こういうのを売ってんのさ」


 店主が顎で指した先には、何とも懐かしい子供の玩具が広がっている。雷香は思わず「わあ、懐かしい。これとか、私も小さいころ遊んだなぁ。父さんったら男の子の玩具ばかり買ってきて……」と目を輝かせてしまった。店主も嬉しそうに、「いいよねぇコレ。御嬢さんとは気が合いそうだ」と笑う。

 雷香はこほんと空咳をして、「この女性を知らない?」と写真を見せた。

「うーん、知らないねぇ。人探しかい」

「そうなの」

「この街で人探したァ、物騒だ。無事だといいけどね」

 冷やかしごめん、と言うと店主は「いいよいいよ、またおいでね」と手を振ってくれた。




 写真を見ながらどんどん路地裏に入っていくと、突然曲がり角から出てきた少女がぶつかってきた。「ごめんなさい」と言った少女の顔が一瞬見える。それからすぐ、少女の後を追って男が四人ほど雷香の横を駆け抜けていった。


「……うん?」


 もう一度写真をまじまじと見る。


「……。――――あの子だっ!!」


 雷香もそれを追いかけた。


 探偵として、この街の地形は全て頭に入っている。少女らを先回りすることはたやすかった。

 行く先に雷香が突然現れ、少女がまた「わっ」と雷香にぶつかる。雷香はすぐ少女の腕を掴んで「こっちに来て」と走り出した。


「お、お姉さんはどなたですか!?」

「私は銀音雷香。探偵で、あなたの叔父さんから依頼を受けてあなたを探しに来た」

「叔父さまが……!」

「あなたは何に追われているの?」

「わかりません! 学校帰りにさらわれて、気づいたらここまで連れてこられていました。隙を見てなんとか逃げ出したところなんです……」

 なるほど。彼女の叔父は相当な資産家だ。彼女を誘拐して身代金、あるいは何か要求を呑ませるつもりだったのかもしれない。


「安心して。お姉さんが絶対助けるから」


 とはいえ少女はあまり体力がある方ではないらしく、すでに膝が笑ってしまっている。雷香も少女を負ぶって奴らから逃げ回れるほどの自信はない。

 ここで迎え撃つしかないか、と後ろを向いたその時である。


 煙の匂いが香った。

 どこかの建物から飛び降りてきたらしい男が、追っ手の一人の真上に降り立った。追っ手は「ぐえっ」と言いながら潰される。アッと言う暇もなく、男は追っ手たちを制圧していた。


「あ……さっきの玩具屋」

「また会ったね、御嬢さん。名乗るのが遅れて悪いけど、ボク玩具屋じゃないんだ」

「何者?」

「ウツロブネっていってね、何でも屋の店主なんだ。夜鳥と呼んで。繰流衛門でもいいよ」

「何でも屋……」


 夜鳥は目を細め、雷香の後ろに隠れている少女を見た。

「三嶋アリスちゃん、だね?」

「は、はい」

「ちょっと! さっきこの子のこと知らないって言った! 嘘ついたわね」

「知らないさ。ボクも依頼を受けてその子のこと探してたけど、まだ会ったことなかったからね」

「そういうの、詭弁というのでは?」

 くすくす笑った夜鳥は、「そんなに怒らないで。ボクと組まないかい、探偵さん?」とウインクする。


「あなたと組むって?」

「ほうら、またぞろ追っ手がやってくる。人手が必要デショ?」


 雷香は腕まくりし、「まあ仕方ないか。猫の手も借りたいくらいだもんね」と言う。夜鳥は「ボクも助かるにゃあ」と笑った。


 姿を現した追っ手の増援が夜鳥を見て「こらウツロブネ! ろくに働かないどころか邪魔をするとは何事だ!」と叫ぶ。

「えっ……あなた、あっち側に雇われてる人!? 私と組むなんてよく言えたわね」

「勘弁してよー。依頼はこのアリス御嬢さんを見つけるところまでで、その先はボクの自由じゃないか」

「ちょっと考えりゃわかるだろ! 捕まえて来いよ!」

「指示をちゃんと出さなかったそちらさんの落ち度デショ。それにボクは仕事は選ばないけど、客は選ぶ方なんだよね」

 にっこり笑った夜鳥が「というわけでバディは継続。オーケイ? 探偵さん」と雷香を見る。雷香は値踏みするように夜鳥を見たが、「邪魔しないなら何でもいい」と肩をすくめた。

 雷香と夜鳥は横並びに立って、同時に一歩踏み出す。腕まくりした雷香と拳を鳴らす夜鳥が、誘拐犯たちと相対した。





 アリスを無事連れ帰ると、彼女の叔父は泣いて喜んだ。本当に眠れぬ夜を過ごしていたようだ。あと一歩遅かったら彼の方が倒れていたかもしれない。


 雷香は受け取った報酬を持って、また夜市を訪れていた。


「ヤァ御嬢さん、また会ったね。ボクの店に何か御用かい? それとも……ボクに用があるのかな?」


 夜鳥は相変わらず胡散臭い笑顔で、煙管をふかしている。瞬きをした雷香が、「本当に良かったの? 依頼主をボコボコにして」と尋ねた。

「いいヨー。彼らボクの大切なコレクションをガラクタ呼ばわりしたからね。隙を見て痛い目合わせるつもりだった。言ったろ、探偵さん。ボクも助かるって」

「なるほどね」

 雷香は懐から受け取った報酬の半分を出し、夜鳥に差し出す。

「私とあなたで解決した事件だから、報酬は山分けにしよう。これはあなたの分」

「えー、いらないいらない」

 煙を吐きながら「そんなことより、この後キミを食事に誘ってもいいかな。キミが許してくれるなら、その次の約束にまでこぎつけたいんだけど」と何でもないような顔で言った。雷香は少し呆れて、肩をすくめる。


「私、探偵としての腕には自信があるの」

「ほお?」

「だからあなたが他の女の子と浮ついたことをするなんて金輪際できなくなるけど、それでもいいなら次の次の約束だって取り付けてもらって構わない」


 へえ、と夜鳥は目を細める。「心配しなくてもボクかなり誠実だよ」と言う夜鳥に、雷香は「どうだか」と笑って見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る