好きなもん着る同盟(加賀可惜×如月華子)

 ドアの裏側につけている郵便受けをまさぐり、入っていた手紙を手に取る。その真っ白な封筒を見て、華子は思わず「げえっ……」と口に出していた。封筒には宛名がない。つまり、誰かが直接華子の家まで来て、直接郵便受けに手紙を入れたのだ。そうとしか考えられない。

 辺りをきょろきょろ見渡して、華子は速やかにドアを閉める。鍵をかけ、玄関でその手紙を開けた。

 案の定と言うか、手紙は華子への恋慕を伝えるものだった。それだけじゃなく、華子がこの家を出入りしている盗撮写真が入っている。華子は顔を青くした。


「くそぉ……毎日頑張って男が寄り付かないようにメイクしてるってのに、何の意味もないわけ?」


 そう嘆きながらも、華子はため息をつく。一緒に暮らしている両親にも話したが、なんだか『またか』というような反応でつらい。こんなことがよくあってたまるものか。

 スマホを片手に防犯グッズを漁る。華子はこのいわゆる地雷系と呼ばれるメイクを武器にしてきたが、もっと物理的な意味で本物の武器を手に入れるべきかもしれない。

 女性でも扱える防犯グッズを調べていると、不意に検索結果に妙なものが混じった。


「ボディガード……?」


 どこかの警備会社の広告だ。派遣式ボディガードをやっているらしい。

「あんまり高くないなぁ。こういうのもあるんだ」

 もしかして防犯グッズを一揃えするより安いのでは? と思わされる価格帯だった。むしろそんな値段で来てくれるボディガードの方が不安である。

「……それに、絶対来るの男だよね」

 華子は男嫌いである。きっかけは小学生のころ男子にからかわれたことだが、度重なる嫌な思い出によりそれは確固たるものになっている。

 腕組みをし、「うーん」と華子は唸った。

「でも仕事で来る人ならビジネスライク的なやり取りしかしないで済むだろうし、カカシぐらいの役には立つかもな……安いし」

 そう呟いて、華子はその警備会社に電話をかけた。




「ご用命いただき誠にありがとうございます!」

 翌日には玄関の前に立っていたその男は、なぜか執事のような恰好をしていた。

「私めのことはセバスチャンとお呼びくださいませ。あなた様の忠実な執事でございます」

「え……ボディガードじゃなくて? てかあんたどっからどう見ても日本人なんだけどセバスチャンって何?」

「ボディガードもいたします」

「いや、“も”じゃなくてボディガード“を”してほしいんだけど」

「執事も致します」

「頼んでないって」

 変なの来ちゃったな、と華子は内心後悔する。あれだけ安いのには何かワケがあるだろうとは思っていたが、まさかこんなコスプレ男が来るとは。もしかして『ボディガード』という建前で、女性向け風俗のサイトだったりして……。ちゃんと隅々まで目を通しておくべきだったな、と華子はこめかみを押さえる。


「さて、ご依頼いただいた如月華子様でお間違いないでしょうか」

「そうだけど」

「如月華子様22歳、ストーカー被害に遭われているとのことで」

「まあ、そう」

「それはおつらかったですね。中でもう少し詳しいお話を聞かせていただいても?」

「えーっと……」


 家の中には両親がいる。少なくともこの男と二人きりになることはない。どうやら本当にボディガードをするつもりではあるみたいだし。華子は頭を掻きながら、仕方なく男を上がらせた。




 セバスチャンと名乗る男は、なぜか「お湯をお借りしますね」と言ってキッチンに入っていった。呆然としている華子と両親の目の前に紅茶とケーキを用意し、「どうぞお召し上がりください」と言う。

「これは……何?」

「執事たるもの、まずはお茶を淹れさせていただき腕を認めていただかなくては」

「いや、あんたに期待してる“腕”ってこれじゃないんだけど」

 早速ケーキを口に運んだ母が「あら美味しい」と言い、紅茶を啜った父は「よくわからないがロイヤルだな」と適当な感想をほざいた。華子は呆れながらも話を進めようとする。


「これがうちの郵便受けに入っていたの。宛先がないから、直接入れたんだと思う」

「ほう……これはこれは。情熱的な恋文でございますね。少々度が過ぎております」


 ご不安だったでしょう、と男は言った。それがあまりに自然な、さらりとした言葉だったので、華子も思わず「そう。不安で」と答えてしまっていた。男はにっこり笑い、「ご安心ください。私めが必ずお嬢様をお守りいたします」と言った。

「お、お嬢様?」

「私はご依頼者様のことをそのようにお呼びしております。執事ですので」

「いや、だからあんたは執事じゃないって……」

「執事にございます」

「やっぱあんた変だよ……」

 顎に手を当てたセバスチャンは、「まずは一つ、やっておくべきことがございます」と言い出す。

「お嬢様のお部屋はどちらでしょうか?」

「部屋ぁ?」

 なんであんたを部屋まで連れて行かなきゃならないんだ、と目で訴えたがセバスチャンは何を考えているかわからない。というかこの男はずっと目を細めているので表情がわかりづらい。


 華子の部屋に入ったセバスチャンが、何やら機械を取り出す。

「変質者に家を知られているとなれば、家の中に盗聴器や隠しカメラを仕掛けられていないか確認する必要がございます」

「うえぇ……」

「失礼ながらお部屋を少し検めさせていただきます」

 そんなこと考えもしなかった。華子は膝を抱えてセバスチャンの仕事を待った。

 30分ほどでセバスチャンは機械をしまい、「盗聴器の類は仕掛けられておりませんでした。安心してお休みください」と言う。華子は心の底から安堵して、つい「ありがとう、助かる」と言っていた。


「ところでお嬢様、」

「何?」

「お洋服がたくさんございますね。今お召しになっているものも大変素敵でございます」

「ああ、これはアレよ。男避け。普通のかっこしてると舐められて、よく追いかけまわされるから」

「左様でございましたか」


 では、とセバスチャンが服を一着差し出してくる。

「他と毛色の違うこのお洋服こそ、お嬢様が本当の意味でお召しになりたいとご購入されたものなのでは?」

「ちょっ……人のもん勝手に引っ張り出すな!」

 お嬢様、とセバスチャンは宥めるように言って洋服の皺を伸ばした。

「これらのお洋服、またその芸術的なメイクが、お嬢様の重い鎧であることは理解いたしました。しかしながら私は多少腕に覚えがございます。私がいるうちは、お好きな格好をなさってもよいのではないでしょうか」

「……着ろってこと? その服」

「いいえ、お嬢様。お心のままになさいませ」

 ムッとしながらも華子は顔を赤くし、セバスチャンから洋服を受け取った。




 普段からすると“地味”とすら思える、白のゆったりとしたワンピース。メイクも薄く、髪はゆるふわ。隣に立つセバスチャンは、「よくお似合いでございます、お嬢様」と日傘をさしてくれている。

「こういやこの服、高かったのよね」

「左様でございましたか」

「やーっと外で着れた」

「それはようございました」

 着たいなら着ればよかったけど、やっぱりちょっと勇気が足りなかった。男に絡まれるかもしれないこともそうだし、自分自身で上書きした“わたしらしさ”に縛られていた。

「買い物に付き合ってもらっていい?」

「もちろんでございます」

 華子は思わずくすっと笑って、「あんたは変だけど話しやすいね。男なのに気になんない」と軽い気持ちで言った。セバスチャンは困ったように眉を八の字にし、「はぁ……左様でございますか」とだけ答える。何よその反応、と華子はセバスチャンを小突いた。


 不意にセバスチャンが「危のうございます」と華子の腕を引く。先ほどまで華子が歩いていたところを、自転車がすごい勢いで走り抜けていった。

「あ、ありがとう」

「いえいえ。自転車でもぶつかったら大事でございますからね」

 内心華子は、セバスチャンの腕が男の逞しい腕だったことに衝撃を受けていた。そりゃあそうなのだが、どうしてだかひどく混乱していた。


 すると畳みかけるように、誰かからいきなり「華子!!」と声をかけられた。

 恐る恐るセバスチャンの腕から顔を出すと、男が大股で近づいてくるところだった。その顔には見覚えがある。子供の頃はよく相手をしてもらった近所のおじさんだ。

「華子! その男と何してる!」

「な、何って……この人、ボディガードだけど」

「ボディガードだと? そんなもの要らん! 俺がお前を守ってやる!」

「何言ってんのおじさん。ここ何年も挨拶ぐらいしかしてないのに、そんないきなり……」

 ふとセバスチャンが、「あの手紙にも『お前のことは俺が守ってやる』と書かれておりましたね」と耳打ちしてくる。華子ははっとし、だが半信半疑で「まさかおじさんがあの手紙を書いたの……?」と尋ねてみた。おじさんは満足そうに「なんだちゃんと読んでいたのか。なら返事を早くくれればよかったのに。愛してるぞ、華子」と言ってきた。


「え、きも……」

「おキモくあらせられますね」

「なんだそのふざけた男は!!」


 困った……。セバスチャンがふざけた男であることは否定できない……。

 

「その服だってなんだ! いつもと全然違うじゃないか! その男の趣味か?」

「はぁ?」

 華子はムッとする。「あのねえ、おじさん」と言いながら段々怒りが増してきた。


「どの男の趣味でもないっつうの! 誰のためでもないし、あたしがあたしの好きな格好して何が悪いわけ!? もう頭に来た! 本当のわたしを何も知らないくせに、何が“愛してる”だバーカ!!」


 おじさんは一瞬怯んだが、すぐに「お前がガキに泣かされた時にもなぐさめてやったのに……俺が守ってやったのに……」と呟く。「いつの話してんの!?」と華子はドン引きした。

 引っ込みがつかないのか、おじさんは「うおおおお」と叫びながらこちらに向かってきた。やれやれという風にセバスチャンが組み伏せる。おじさんは最後には「俺の華子だったのにぃ」と泣いていた。お前の華子だったことは一度もない。




 家から出てきた華子を見て、セバスチャンが「おや」と楽しそうな顔をした。

「本日はまた可愛らしい」

「まあ、ね」

 華子はきゅるきゅるのツインテールをなびかせ、フリフリのミニスカートを揺らす。いわゆる地雷系というやつで、華子が男避けのためにしていた格好だった。


「一周回ってこの格好もわたしだよなと思って。いつの間にか結構気に入ってたって言うか」

「お似合いでございますよ、どんなお召し物でも」


 歩き出すと、セバスチャンはまた日傘をさしてくれた。「今日はこの前のお礼なんだから、あんたはお茶とか淹れないでよね」と言えば、セバスチャンは「光栄に存じます。それはそれとして私もティータイムをご用意させていただいても……?」と言うので、華子は呆れながらも笑った。

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