匿名キャラお見合い企画で出させていただいた作品集
hibana
あなたと始める物語(ブレード・グランドゥール×三嶋 アリス)
野良猫に誘われて知らない本屋に迷い込んだ昼下がり、三嶋アリスは“物語”と出会った――――。
路地裏を抜けた先の、大きな建物に囲まれた場所。その小さな庭のようなところに、本屋はあった。ここまで案内してくれた白い猫はすでに知らん顔でどこかへ消えている。アリスは目をぱちくりさせながら、「こんなところに本屋さんがあったなんて」と呟いた。
不意に店のドアが開く。アリスは思わず草むらに隠れた。
その人はドアの『CLOSE』を裏返して『OPEN』に変えた。それからこちらの方を向いて、「んーっ」と伸びをする。
アリスはその人をまじまじと見た。
陽の光を受けて煌めく金髪と、晴天のような青い瞳。まるで――――
「王子さまみたい」
その人はアリスの存在に気づき、こちらを見た。アリスは慌てて立ち上がり、「ごめんなさい。隠れるつもりはなかったんです」と釈明する。
「黙って見ているつもりもなかったの。だけどあなたがあんまり……王子さまみたいだったから」
「? 俺は王族じゃない。どちらかというと、騎士だ」
「き、騎士さま……?」
ハッとしたその人が、「こういうことを言うと面倒なことになるんだったか」と言って空咳をした。
「なんでもない。忘れてくれ。俺はしがない本屋のアルバイトだよ」
「あの……えっと、ここは本屋さん?」
「そうだよ」
「私、本が大好きなんです! 中に入ってもいいですか?」
彼はパッと顔を輝かせ、「もちろん」とアリスを招く。
「店主はまだ来ていないが、案内なら俺がしよう。どんな本をご所望だ?」
「えっと……ロマンスを」
「よし来た。こちらへどうぞ、お客様」
アリスは本の背表紙が並ぶ棚を見て、ほうっとため息をつく。品ぞろえも悪くない。何よりこの本屋の外装も内装も魔法使いのおうちみたいで気に入った。
「今日はお金を持ってきていないから、また明日も来ます」
「ああ。待っているよ」
「あなたはここに毎日いる?」
「大抵は。なんせここの本たちを空き巣や万引きから守ることを条件に、住み込みで雇ってもらっているからな」
それはなおの事素敵だと思った。この人はなんというか、この魔法使いのおうちみたいな本屋さんによく似合っている。
アリスは店員さんに別れを告げ、駆けだした。店員さんの前ではしたないところを見せたくはなかったが、学校を遅刻しそうだったのだ。
次の日、お小遣いを握り締めてアリスはあの本屋を訪れていた。店員さんは「やあ、君か」と嬉しそうに目を細めている。
アリスはもじもじしながら、「私……アリスというんです」と名乗った。店員さんは目を丸くして、「これは失敬。お嬢さんに先に名乗らせてしまったな。俺はブレード・グランドゥール。ブレードと呼んでくれ」と言う。
「えっと、あの……」
「うん?」
「騎士さまとお呼びしてもいいですか?」
ブレードはぎくっとした面持ちで、「それは忘れてくれと言ったのに」と恨めしそうにアリスを見た。
「私、いつか物語のような出会いをするのが夢でした。だから本当にわくわくしているんです。どうか騎士さまと呼ばせてください」
「うーん、そこまで言うなら……。俺も騎士であることを恥じたことはないしな」
嬉しい、と微笑むアリスにブレードは少し顔を赤くしながら「あ、ああ」と頭を掻く。
「騎士さまはどこから来たんですか?」
「実は俺はこの世界の出身ではない。信じられないとは思うが……」
「別の世界から来たということ? それって素敵! どんな世界でしたか?」
「そうだな……剣と魔法の世界だった」
「騎士さまも魔法が使えるんですか?」
「俺は魔法はからっきしだ。剣ばかり振ってきた」
不意にくすくす笑い出したブレードが「俺と君は似た者同士なのかもしれない」と言った。
「君は『物語のような出会いをするのが夢だった』と言ったな。俺は元の世界で、『いつか愛する者をこの手で守れる男になりたい』と願ってきた。まるで、まだ見ぬ物語を求めるように。だからきっと、似た者同士なんだ。俺と君は」
アリスはぽーっとしてしまい、その日は本を一冊だけ買って店を出た。
これから学校へ向かわなければならないのに、なんだか浮足立ってスキップをしてしまいそうだ。
「明日も会えるかしら、騎士さま……」
そんなことを言っていたその時だ。
突然視界が真っ暗になり、アリスは自分の体が浮くのを感じた。
「!? きゃ、きゃーっ!!」
うるさい黙っていろ、と怒鳴りつけられる。どうやら頭から布をかぶせられているようで、身動きが取れない。
そのまま車に乗せられ、叫べないようにタオルのようなものを口に入れられた。アリスは恐ろしさから貧血を起こし、そのまま気絶した。
「これが例のお嬢ちゃんか?」
「ああ。こいつの
男たちの話し声で目を覚ます。アリスは椅子に縛り付けられていた。
どうやら誘拐されてしまったようである。「叔父さまに迷惑をかけてしまうわ」とアリスはしゅんとした。
何とか逃げ出せないかと動いてみたが、腕も足もきつく縛られていてびくともしない。すると男が「おい、眠り姫が起きたみたいだぞ」とこちらに歩いてきた。
「大人しくしてれば痛い目には合わさない。叔父さんに電話するとき、少しばかり喋ってもらえればお嬢ちゃんの仕事は終わりだ」
アリスは顔を青くしながらも、「こんなこと、上手くいきっこないわ。今からでも私をここから出してください」と言った。「上手くいくさ。お前の叔父さんはお前のことを随分可愛がってるって言うじゃないか」とせせら笑う。
「人をおどしてお金をとるのは悪いことですよ」
「んなこと知ってら」
「神さまが見ているわ」
「うるさいお口だなぁ」
右手で口をふさがれ、アリスは苦しくなって身じろぎする。
その時、どこかで何か打ち付けるような音がした。三回鳴って、また三回。誰かが意図的に出す音だ。
「見てこい」と男の一人が言う。もう一人が黙ってどこかへ消えた。
「おい、誰だ。何の用だ」
次の瞬間に聞こえてきた声に、アリスは目を見開く。
「本屋だ。物語を届けに来た。勧善懲悪ものなんていかがかな」
きしさま、と呟いた時にはもう、彼は剣を抜いて二人の男を倒し、アリスの前に立っていた。
「無事か? 怪我はないか」
「騎士さま、どうして……」
「こいつが案内してくれた」
ブレードの足元には野良猫が「にゃあ」と泣きながら擦り寄っている。アリスは一気に力が抜けてしまい、「ありがとうございますぅ」と泣き出してしまった。
「泣かないでくれ……今ロープを切ってやる」とブレードがアリスを自由にする。
自由になってからも椅子の上で膝を抱え泣いているアリスに、ブレードは困った顔で膝をついてその涙を拭った。
アリスは何とか涙を止めようとしてぎゅっと目をつむり、それからブレードの頬にキスをする。
驚いて目をぱちくりさせたブレードがアリスを見た。
「えっと……ありがとうの、ご挨拶です。ご迷惑だったかしら」
「ああ、いや……乙女からの口づけなら騎士の誉れだ。こちらこそありがとう」
「わたしの騎士さま、こんなことを言ったらはしたないと思われるかもしれないけれど」
そう前置きして、アリスは口を開いた。
「私、今までずっと物語のような出会いを夢見てきました。物語の中に入ってみたいって。だけど、思ったの。物語って自分で作るものかもしれないって。いつまでも待っているものではなくて」
「なるほど、そうかもしれない」
「それでね、それで……私、あなたと物語を作っていきたいわ。私の騎士さま、手を取ってくださらないかしら」
そう言ってアリスは自分の右手を差し出す。ブレードはぽかんとして、それから一気に顔を赤らめ「待て! 待て待て待て!」と慌てた。
「いやまさかな。まさか……」
「求婚、のつもりです。やっぱり女の子からこういうことを言うのははしたないですか?」
「いやいやいや、君はいくつなんだ。子供と契りを交わす男はいない」
「子供じゃありません! 私、十四です」
「十四歳なのか君は!? いや、十四歳でもまだ子供だろう……この国ではなおのこと……」
「じゃあ、私がレディになるまでお待ちになってくださらないの……?」
「うっ」
うう、とこめかみを押さえていたブレードだったが、意を決したように「俺は騎士だぞ」と拳を握る。
「この手を取らずに何が騎士だ!」
「! じゃあ、その……私たち、婚約者ということ……?」
「そこまでは言ってない!」
アリスの手を取ったブレードは、「物語を共に作る、パートナーだというだけだよ」と耳まで赤くしながらそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます