LIMIT06:波風立てずに穏便に

 越と剱とで模擬戦が開かれた同日の16:00、南館地下4階にて


      《コツッコツッコツッコツッ》


 ヒールを鳴らしながら、ジャケットをなびかせ、細身の女性がエレベーターまでの長い廊下を歩く。

 その後ろでは4種の剣を携え、腰巻きが黒色ながらも他全てが白一色の服装で、護衛として同行する男の姿があった。


『こんにちは千紗さん、それとジャックさん。本日も“調査”ですか?』


 スライドドア上部のセンサーによって、近づいて来た2人を感知したピボは声をかける。


「あぁ、そうだな」

『でしたら全員、指紋と網膜、最後に職員証のスキャンにご協力ください』


 それを聞いた2人はセンサーに目を向けた後、指紋と職員証の認証機能が併設された機械にスキャンさせる。


『本人確認ができました。それでは、どうぞお乗りください』


 ドアが開けば、先にジャックが乗り込み、室内の隅々まで気を配る。

 ここに辿り着くまでに危険がない事は、千紗の【全てを視通す眼バンリガン】で確認済みだが、彼女がラボ内ではかなりの重役を担っているのもあり、彼はかなり慎重になっているのだ。


 やがて安全を確保できたら、千紗の手を引く。


「ありがとう、ジャック」

「それで、今日は一体いつまであいつの脳を予定なんだ?」

「昨日でだいぶ潜ったから、あと30分と少しぐらいかな」

「了解」


 エレベーターが、先にスキャンされた職員証によって、自動で目的地まで移動し始める。


「この際私からも一つ聞いておくが、最近やってきた新人達は、君から見てどうだい?」

「腕は立つし、物分かりが良い。特に不満は無いな」


 アーマーの左側のレールに設置してた太刀を、後ろの柳葉刀りゅうようとうとスライドして入れ替えながら、にべなく答える。

 

「そうか、お互い上手くやれてるようなら良かったよ。君は、近寄りがたい雰囲気が他の人よりも強いし、気難しいからね」


 その1言に《ピクッ》と固まる。苦虫を噛み潰したような顔で。


「俺はな、『人を寄せ付けない』だの『神経質』だの、そんなのじゃなくて自他に厳しいだけだ」

「だったら、もう少し愛想を振り撒くぐらいはしたらどうだ、ジャック君? ずっとその態度のままだと、初対面の人に勘違いされやすいぞ?」

「……善処する」


 目線が下がるにつれて、口調も尻すぼみになっていく。


『ピボッ、南館地下30階です』







 ラボ南館、地下57階建て、【能力】の調査や装備開発を行う研究所と【賜り者】などを収監する収容所の役割を担う。

 収容所は地下30階から始まり、1階降りるごとに収容者の脅威度と警備体制が比例するシステムになっている。


「昨日ぶりだな、ダグ=ナトゥーラ」

「誰かと思えば、その声はまたアンタか」


 千紗が本名で呼んでいるのは、【監視犬ウォッチドッグス】と【紅天黄風ホンテンホァンフン】の共同任務で捕らえられた、あの時のガスマスクだ。

 今では個室で鋼鉄の鎖に繋がれ、彼女の家系に代々伝わる御札によって、【賜物タマモノ】を封じられていた。


「前置きは省略して、今日も情報収集の協力に応じてもらおう」


 千紗が話すかたわらで、ジャックは個室のロックを開ける。


「今一度釘を刺すが、リーダーに対して、貴様に拒否権は無い」

「はいはい、そんなのは耳にタコができるほど聞き飽きたよ。隣室のハードテイストやケマリにも同じことを言いやがって……」


 ほとんど全てを視透かされているにも関わらず、それでも尚、仲間を別称で呼ぶ。


「それは悪かったな」


 そうして直接ダグの頭に触れ、彼の眼から記憶を








 煉瓦造りの一本道が、壁に設置された蝋燭で照らされている。

 【教団】の本拠地かそれに準ずる建造物の中なのだろうか、賜り者の記憶の中で、千紗が必ず視る光景だ。

 

(さてと、ダグ、君は今どこへ向かっている最中なんだい?)


 彼の視界から行き先を推察しつつ、周囲も注意深く観察する。

 居場所を特定できる手がかりが見つかるかもしれないからだ。


 やがてオークで作られたドアの前で足を止めると、《コンコンコンコン》 と4回ノックする。


『どうぞ、いつでも入って』

『失礼します』


 ドアを開けると、部屋の中央にソファとロングテーブル、壁一面には本棚が置かれていて、天井には北極から見上げた時の地球図が掘られていた。

 どうやら、中世ヨーロッパでよく見るようなインテリアの執務室らしい。

 そして奥では、何か品名が書かれた書類を整理している男が座っていた。


『やぁ、ダグ』


 そう言って立ち上がると、紅茶を勧めてきたので受け取る。


『本日もご壮健なようで何よりです、██様。それと、ありがたく頂戴します』


 名前がノイズで聞き取れず、顔も霞んで見えない。

 直接相手の体に触れる時、もしくは全体を視界に一定時間収めた時、これらの条件を満たすと視れる範囲は広がるはずだが、常に彼女の目を誤魔化せるところから、この男の【能力】が上のようだ。


(ただ、この男が居るという事は、この記憶に重要な情報が含まれているという事でもある。この調子だと30分と行かずに10分で終わるかもしれないな……その上で書類を読ませてもらえば、食材と衣類が補給されたようだから、これらの流通ルートも後で調べさせるとしよう)


『ところで、どういったご用件で私をお召しに?』


 受け取った紅茶を、ちょうど良い温度になっていたため、一口飲む。


『今から指定する村まで向かい、そこの住人を捕獲して欲しい。頼めるかい?』

『捕らえた人々は如何なさるので?』


 もう1口、ダグはそれで飲み干す。

 その様子を確かめた男は、手を差し伸べてカップの返上を促してきたので、彼は会釈して応じる。

 

『日本の支部長の元に移送するから、最寄りの廃倉庫まで他の信者に一度運んでもらうよ。君は、言われた事を完遂できれば充分だ』

『承知しました。それでは、私はこれで失礼させて──』

『そうそう、立ち去る前に最後に言わせてくれるかな』


(何だ? 言い忘れた事でも残ってたのか?)


『そこで誰か、視ているのでしょう?』


(裏切り者? いや、後ろを尾行する気配をダグは感じていなかったはず……)


『君に言っているんだ、霊媒師』







「ッハァ!」

「大丈夫かリーダー!?」


 千紗は、予想だにしなかった事に驚愕し、弾かれたように現実に戻る。

 彼女の額には大粒の汗がにじみ、動悸も激しくなっていた。


「……何でもない」

「しかし、顔色が良く──」

「何でも無いと言ったはずだ……! それよりも手に入れた情報を伝達しに戻るぞ……」

「……了解」


(今までにあんな事は1度もなかった……まさか、あの男は私を泳がせていたと? そうだとしたら、なぜ今になって自らそれを晒す? なぜ今まで情報が筒抜けになっていた事を【賜り者】に伝えなかった? なぜだ? なぜなんだ?)


 疑念が拭えぬまま、ジャックの補助を受けながら、個室を離れる。

 1人残されたダグは、その様子を目で追いかけ、呟いた。


「賜れなき者には処刑を、賜れし者には慈愛を、愚者には制裁を、賢者には敬意を」








 翌日20:04

 北西へ向けて、白い輸送機が海上を移動する。


「で、今日は千紗さんの眼で発覚した廃倉庫群を調査しろ、って訳ですか」

『そういう訳だ。とりあえず、まもなく目的地付近のビルに到着する。降下1分前に近づいているから、後部へ移動しろ』

「了解」


「坊主」

「何です? コマンド」


 立ち上がって動き出そうとしていた越を、コマンドが呼び止める。


無事でなグッドラック

必ず戻りますグッドラック


 コマンドからサムズアップを送られたため、越は同じ仕草で返す。

 そのまま貨物室へ通じるドアを開けると、フードを被りながら迷彩機能で透明化する。


「移動しました。ハッチお願いします」

『了解』


(偵察部隊だからって、なんか最近倉庫を探ることが多いような、そうでもないような……)


『降下30秒前、ハッチは全開したぞ』

「異常なし。正常に作動しています」

『了解』


(まぁ、この瞬間はワクワクするんだけども)


『降下10秒前……カウントダウン、5,4,3,2,1,GO』


 合図が出ると同時に、両手を大きく広げ、前へ倒れる。


(【超越者オーバーリミット】585%!)


 ビルの屋上まで残り30m! パーカーが《バサバサ》と音を鳴らす。


(真夜中とは言え、パラシュートは目立つから着けてはいけない)


 9m! 耳元で流れる風が弱まる。


(だから、頑丈な俺がアサインされた訳……だ!)


 0m! 激突する直前、ここでコマンド直伝“五点接地P.L.F”!


      《ダァン!》


 足裏が地面と接触した瞬間! すぐさま身を捻り、ふくらはぎ、腿、お尻、背中の順に着地する!


 その後、五体満足であることを確認したら「フゥー」と胸を撫で下ろす。

 何度かシミュレーションはした事はあるが、今回が初めての実践であったからだ。


「それでも着地音までは静かにできねぇし、早く向かおう」


 フェンスを飛び越え、非常階段の手すりから軽やかに、路地裏へ降りる。






 しばらく歩いていると、窓が割れており、錆びていない部分を探すのが難しいほどの倉庫を見つける。

 更には周囲に人影は見当たらず、監視カメラも無かった。


「こちら越、聞こえてますか千紗さん?」

『しっかりと聞こえているぞ』

「でしたら、例の廃倉庫と思しき建造物を発見。今から潜入します」

『了解、カメラ越しにサポートする』

「了解、ここからは規定された合図で連絡します」


(さてと、ざっと見た感じ敵はいないようだが、慎重に行くか……)


 迷彩を使っても影までは消せないために、他の影に紛れて近づく。


 ここで迷彩の弱点についてだが、もう1つある。

 それが、剱のような鋭い感覚を持っている手練れだと、気配でこちらの位置を察知してくる点だ。

 ただ、そのよほどでない限りバレることは4回しか無いぐらいには、パーカーが優秀なのは事実でもあった。


(まずは何事もなく壁際に到着……窓から入れるが、中を確認しないと)


 無線機を《カチカチッ》と鳴らす。(中身を見てください)という意味だ。


『敵存在は無し。地下までの入り口があるから、潜入したら誘導する』


 それを聞いて窓のサッシへと跳び、ゆっくりと倉庫内へ降り立つ。


『入ったな。だとすれば、右斜めのコンテナと壁の間にレバーがある。それを引けば、コンテナ内に階段が現れるはずだ』


 早速歩き出してレバーを引くと《ズズズ》と隣で何かが動く感じがした。

 すぐさまコンテナへ向かい、その扉を開けると、無音で開くことができた。


(しっかりと整備されているのか、建物の外観に関わらず、ギーギー軋まないな) 


 そんな事を思いながらコンテナに足を踏み入れると、千紗の言った通り、階段が出現していた。

 明かりはどこにも見当たらず、鋭敏化された五感でようやく感知できる程に微かに湿った風が吹き抜ける。


(いかにも幽霊とかの類が居そうだなぁ……除霊道具を少し譲ってもらうべきだったかなぁ……まぁここで立ち止まっても時間の無駄だし、鬼が出るか蛇が出るかだ……)


 意を決し、一歩一歩降りる。

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