LIMIT05:週一でも連絡しろ

『3,2,1……GO!』


 けたたましくサイレンが鳴ると共に、越が走る!


(まずは1発ぶち込む!)


 それを見た剱はしっかりと大地を踏み締め、真正面に打刀を運ぶ。


(いつも通りのスピード、【能力】を使っていない! ならば受ける!)


「スー……フッ!」


 全ての勢いを右足に乗せ、越が飛び蹴りを放つ!

 剱は刀の平地で受け止めるが、その威力は凄まじい余りに《ギャッ》と刀を軋ませる!


「ぬぅっ!」


 攻撃を全て右に受け流そうとするも、不完全だったために後ろによろめく!

 しかし、その強靭な足腰によって一歩も引いてはいない!


 対して越は、追撃として蹴り飛ばそうとしていたところを、踏み付けるはずだった刀を動かされてバランスを崩す!

 剱の後ろを通り過ぎた後はやむなく着地し、すぐに体勢を立て直そうとする!


(やっぱあいつ、素のフィジカルが俺より高いな)


 感心しながら顔を上げた瞬間! 


      《シャッ!》


 剱の剛腕によって投げられた脇差が、風を切って飛んで来る!

 狙いはちょうど心の臓!


(マジか)「よッ!」


 越が体を左に逸らすも、続けざまに剱本人が迫る!


「だぁりゃぁあっ!」


 脇差を投げていたと同時に左右を持ち替え、低く唸りながら“左斬上ひだりきりあげ”!


「危ね──」「せいやぁあっ!」


 自身の左へ回転した越に、間髪入れずに右の“薙ぎ払い”!

 咄嗟に彼は左ガントレットで防ぐが、膝立ちだったために吹っ飛ばされる!


「うぐぅッ!」

「どうしたぁ界進越ぅ! まさかさっきの生温い蹴りで終わりかぁ!?」


      《ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ》


 なんとか受け身を取り、そのまま地面を転がりながら剱から離れる。


「んな訳ねェだろ……」


 膝に手を置き、ゆっくりと立ち上がる。


「さっきまでのは……小手調べってやつだ!」


 顔を上げると全身に力を入れ、【超越者オーバーリミット】210%を解放する!


「だったら次から殺す気で来やがれや!!!」


 ギアを上げたダチ公に気圧されず、刀を左から右に持ち直した剱は発破をかける!


「言われなくともやってやるよ!!!」


 またも突進! 距離は16m!


「一芸だけじゃつまんねぇな!」(急停止は不可能! あの勢いを利用して心臓を突く!)


「スー……」「ふぅー……」


 距離6m! 越の姿勢が上がる! 剱の目がかっ開く!


「だぁりゃぁっ!」


 右足を前に踏み出し、刀を突き出す!

 越自身の速度も合わさり、彼の目には光閃が映る!


「当たる!」 


 隣室から時雨が叫ぶ! 研究員全員が目を見張る!


「何……!」


 だが、気づいた時には刀は空を貫き、剱は右脇腹にタックルされていた!

 先ほど姿勢を上げたのは予備動作ではなく、攻撃を誘うためのブラフ!

 動きを起こした直後は誰でも無防備になるため、彼の意識が突き出した先へ向かった瞬間を狙い、越は一気に姿勢を落としながら加速したのだ!


「『武芸百般』てのは……こういう事だろ?」


 地面に《ダン!》と組み伏せると同時に、脇から剱の右腕を掬い上げ、それでチョークをかける!


(こりゃぁまずい……が、まだ拘束が甘い! あれが使えれば!)


 かなり不利な状況に追い込まれたものの、剱は冷静を欠かない!

 自身の腰とダチ公の脚の間に、左腕を反射的に挟み込んだ事で、完全にロックされるのを防いでいる!

 それによって、まだ腰を揺らしてマウントを外せる状態でもあるのだ!

 


(こっちだって身体機能2倍なのに、ここまで抵抗するのおかしいだろ筋肉量!)


 越も筋力を底上げしているが、剱がもがくために、彼の右腕に思うように力を掛けられない!

 それでも押さえつける! 


「ぐぐぐ……!」「がぁあ……!」


 完全な拮抗! このまま体力勝負へ移行するのか!?  

 

(あと……少し!)


 否! 白雲がやにわに黒く染まるが如く、状況は一転する!

 剱が袖下から取り出したのは、抜き身の短刀! 


「そこを……退けぇ!!!」


 ふくらはぎに突き刺そうとするも、危険を察知した越に躱される! 

 ただその時、脚を外側に動かした事で拘束も緩む!


(今!)


 乾坤一擲けんこんいってき! 腰を浮かしながら左腕に力を込め、越を投げる!


「がぁっ!!!」


 上に3mも飛ばされた彼だが、空中で身を翻して着地する。

 しかし、お世辞にもしなやかとは言えないその動きは、先ほどと比べればキレがなくなっているのが誰の目にも明らかであった。


「げほっ! ごほっ! はぁ……はぁ……」

「ハァ……ハァ……」


 お互いの顔がほてり、疲れの色が見え始める。


「隠し武器なんてやるじゃねェか……」

「得物は多くて損はねぇからな……限度はあるけどなガハハ……」


(つってもこっからどうやるかだよなぁ……こうしている間にも越のヤローはすぐに回復しやがる。対してこっちは手の内も殆ど尽きてるってのに、さっきの首絞めで結構息が上がってやがる……)


「ははっ……やっぱ強ぇな……オメェは……」

「いきなり褒めてどうした剱? 何もでねぇぞ?」

「いや……心の底から思ったことを口にしたまでだ……」

「だったらそっちこそ、俺の本気に反応できるの流石だよ」

「ありがとうな……ただ『本気で来い』と言った手前でかっこ悪いが、このままじゃ埒が明かねぇ……これで終わらせようぜ?」


 短刀を納め、両手で打刀を握り直し、ここまでで1番美しい中段の構えを取る。

 最早有るか無いかも判断できない一脈の体力を、如何なる逆境をも覆した気力で補い、微弱な揺れも起こさない。

 その姿からは、武士道精神を極めるためにどれほどの修練を積んだのかが見て取れた。


「んじゃ、これで終わらせるか」


 越は左拳を刀身に交わす。


「スー……」「すぅー……」


 両者、ここで呼吸を可能な限り整える。

 そして始まる!


「フッ!」

 

 先手を取られないように、越は刀を叩いて“右正拳”を繰り出す! 

 剱も位置がズレた刀に合わせ、彼の左に回り込む!


「だぁりゃぁあっ!」


 ガラ空きの胴へ“右斬上”!

 だが左ガントレットで防がれ、越の右手で左手首を掴まれる! 

 

 互いに真正面を向かい直すと、またもや力比べが始まる!


「手ぇ……離しやがれ!!!」《ゴッ!》


 これ以上模擬戦が長引くと負けると判断し、剱がコンパクトな頭突きを放つ! 

 決定打にはならずとも、越による拘束は外せたので斬りかかる!!


「……絶対に外さねェ!!!」《ゴッ!》


 だがしかし、思いがけずに手首を掴まれて反撃される!


「うぐっ……離せ!!!」《ゴッ!》


 負けじと剱ももう1発!


「……嫌だね!!!」《ゴッ!》


 頭突きと頭突きの応酬! もはや技もへったくれも無い!  

 ただ負けたくない! その意地だけでぶつかり合う!







「山田さん! これ以上は危ないです! 2人とも根性だけで喰らいついているんですから、今誰かが止めないと!」


 同時刻、モニタールームで様子を見ていた時雨が、かつて自分たちの能力の観察をしてくれた山田才に訴える。


「確かに……君、呆けてないで早くアナウンスを……この模擬戦は中止だ……」


 言葉を失っている部下に、命令を下す。


「あっ…….はい! 直ちに!」







『終了! そこまで!』


 始まった時とは違い、少し高いサイレンが鳴り響く!


「てェェェェェりゃァァァァァァ!!!」

「だぁぁぁぁぁりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」


   《ゴンッ!!!》


 しかし、時既に遅しであった……

 2人とも意識を失い、そのまま地面に倒れる……

 いや、越だけは【能力】が発動したため、すぐに意識を取り戻して持ち堪えた。


(この様子だと、試合に勝ったが勝負は引き分け……かな?)


 無傷で立っている越、目立つ外傷が頭からの出血だけの剱。

 事の経緯を知らなければ、文句なしの満場一致で前者が讃えられるだろう。

 だが、一度事実を知れば、誰もがわだかまりを持つようになるはずだ。 

 

 それは当の本人も同じであり、釈然としないままに越は座り込んだ。







 16:55

 しばらくすると、救護ロボと時雨が現場に到着する。

 山田の(あれぐらいの傷なら、治しても脅威にはならないし大丈夫)という判断で、【能力】の使用許可が彼女に下りているからだ。


「剱くん! 今治すからもう少し待って!」


 手を頭に当てると、たちどころに白い光が負傷部位を包み込み、傷口を跡も残らずに塞いでいく。

 彼女が手をよけると、剱はすぐさま《ガバッ》と起き上がる。


「戦は!? どうなった!?」


 開口一番に勝敗を聞く。


「落ち着け、今回は引き分けだ」


 時雨の隣でずっと様子を見ていた越が、体を優しく押さえて宥める。


「かぁーっ! あと少しだったのになぁー! ちきしょー!」

「悔しんでるところを悪いが、とりあえず時雨に感謝しろよ」


 彼女の方に目配せして伝える。


「おっとそうだった。いつもありがとうな、時雨」

「怪我についてはわたしの領分だから大丈夫よ。とりあえず2人とも無事でよかったけど、あまり意地を張らない! 男だからとか何とかいう話じゃないの! 分かった!?」

「「はい……」」


 叱られてすっかりと悄気しょげる2人。


「分かればよろしい。それだったら、あと少しで晩御飯の時間なんだから、この前の任務のお話を聞かせてもらっても良いかしら?」


 顔を見合わせる2人。


「あぁ」「良いぜ」






 18:14 ラボの南棟4階の食堂

「それで〜、越くんは千紗さんにこってり搾られたワケと?」

「あぁそうだよ……頼むからそれ以上の追求はやめてくれ……でないと俺が死ぬ」


 剱、越、時雨の3人はそれぞれ、海鮮丼、チャーシューメン、ラザニアを頼んでからシート席に座っていた。

 しかしながら、美味そうに《ガツガツムシャムシャ》と箸を動かす剱や、熱々のチーズにうっとりしている時雨とは違って、越だけは肩と背中を丸め、陰鬱な空気と一緒に麺を《チュルチュル》啜っていた。


 どうやら、彼が時雨に話す内にうっかりお説教されてた事までこぼしてしまい、そこを彼女に言及されていたためらしい。


「だったら、今度はその穴を作ってた【賜り者】について教えて欲しいんだけど良い?」

「そういえば、俺も千紗さんから聞きそびれていたな。実際どんな能力だったんだ?」

「……それについては『感覚器官を微弱な電気で狂わせ、塞がる時間と大きさが反比例する穴まで誘い込む』だってさ」


 漫画の特典小冊子並みに分厚く、浸けダレが香ばしく炙られたチャーシューを、越は1枚丸ごと平らげる。


「あぁー! 俺が敵2人いるって勘違いしてたのも、そういう訳だったのか!?」

「そうそう、“第六感”ってやつも多少は目、耳、鼻の影響を受けるんだろ? それらを弄れる電気を霧で伝えていたんだから、相手にとってあそこまでの好適地はないわけだ」


 時雨は、ラザニアを1口飲み込むまでに新しい疑問を考える。


「だったら、越くんはどうやって捕まえた訳なの?」

「相手がトチったから、あの任務で一緒にいたメンバーが優秀だったから、その2つだな」

「なるほどね、分かったわ」

「さて、これで俺たちが話せる事については全部話したが、時雨は満足したか?」

「えぇ、ありがとう」


 お礼を聞いた越は、アクセントとして柚子皮を加えて炊いた鶏ガラ醤油スープを飲み干す。


「ご馳走さん」

「だったら、話も腹拵えも済んだし、後で風呂入ろうぜ」

「いや、今日は1人でゆっくり入りたい気分だから断らせてもらうよ。誘ってくれるのは嬉しいけど、また今度でもな。ただ、エレベーターまでは同じ廊下を渡るんだからもう少し雑談できるし、どうする?」

「んじゃそれで」「私も」


 18:43 廊下

 道中で2人の近況、例えばお互いの両親はどうか、将来への不安とかないか、そんな他愛もないことを聞いた後は別れを告げ、自分の部屋にまで戻る。


 19:21 自室

 今日やるべき宿題や任務の配置報告を確認したら、趣味のFPSゲームで時間を潰し始める。


 22:30

 浴室内で歯磨きやシャンプーを済ませ、風呂に浸かる。


 22:50

 自分のスマホを机の上から取り、母親とチャットを始める。


『母さん、元気か』

『こっちはお爺ちゃんも元気だけど、えっちゃんこそどうなの? ちゃんと研修に参加してる?』

『あぁ、参加してる。最近は結構調子が良いし、上司からは褒められてるよ』

『そう、なら良かったわ。夏には一度帰って来れるって聞いたから楽しみに待ってるからね』

『分かったよ、それじゃおやすみ』


 22:58

『越さん、もうすぐ就寝時間ですよ。明日には任務もありませんでしたか?』

「分かったよ、今消すからそんなに怒らないで」


 メビに注意されると、すぐにスマホを元の場所に戻す。


 23:00

 部屋の明かりが全て消されると、越はふっくらとした羽毛布団に包まれ、眠りにつくのであった。

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