LIMIT04:時間は大切に
《ピピッピピッピピッピピッ》
『ただいま朝の08:00をお知らせします! 越くん起きて下さい!』
机上に置いていたデジタル時計からアラームが響き始めると、ラボのマスコットである【ピボ・メディア】の声も一緒に聞こえる。
性別不定なピボはAIであるために、真四角フォルムのロボットだけでなく、ドローンや窓の透明ディスプレイ、果てはエアコンと様々な形態を持っていて、デジタル時計も無論そのうちの一つであった。
「……もう少し眠らせてくれよ……ピボ」
呼ばれながら枕元のライトを点けられた越は、枕に顔を埋めて「うーうー」唸りながら返答する。
3日前の任務について、昨日は千紗からキツく搾られたために、精神的な疲れが取れていないのだ。
元はと言えば、何度注意されても能力に信頼を置いて囮役を引き受けすぎる越が悪いのではあるが、それを抜きにしても言葉が《グサグサ》と突き刺さる容赦のない説教でもあった。
『何を言ってるんです! 00:00に寝たんですから、それ以上眠るのは却って体に悪いですよ!』
「悪かったって……今起きるから声のトーンを下げてくれ……」
『今日は08:45から授業が始まるので、早く支度して朝食を摂ってくださいね』
「りょーかい……」
息を一思いに吸い、腕立て伏せと同じ要領で、うつ伏せになっていた上半身を起こす。
その直後、掛け布団を勢いよく払いのける。
「……よし」
少しの間ボーッとするも、中途半端ながらも目が覚める。
そこでようやくベッドから腰を上げると、一つ目の仕切りを通り抜け、右手にあるトイレに直行。
出した用を済ませたら、向かい側に設置された洗面台で手を洗いつつ、水を掬ってうがいし終えると、そのまま顔も洗う。
ここから完全に覚醒し、動きが一段と速くなる!
3本ある歯ブラシで主用のものを《シュバッ》と左手でコップから取り出し、空いた右手でスプレータイプの歯磨き粉のノズルの向きを《カチッ》と変えて口に泡を注ぐ!
歯茎を傷つける恐れがあるので、小指をあげてゆっくりとブラッシング。
一通り磨き終われば、泡を吐き出して何度か口をゆすぎ、もう一度顔を洗う。
「……よし!」
タオルで顔と手についた水分を拭き取った後、鏡で自分の顔を確認する。
どうやら今日もバッチリ決まったらしい。
「早く着替えないと」
デジタル時計の方を見ると、時刻は既に08:13を回っていた。
それを確認した越は、すぐさま靴箱の上に置かれていた服一式を手に取る。
まずは黒色のカーゴズボンを履き、次に黄色のインナーの上に黒色のパーカーを羽織る。
最後は膝当て付きのオフロードブーツを取り出し、後ろの口へ足を入れる。
すると、自動でチャックが《カチカチカチッ》と閉まりながら脚にフィットしていく。
「特に忘れ物は……無し。早く行こう」
全身黒ずくめの衣装でバックパックを背負い、生体認証機能付きのスライドドアを開け、上までエレベーターで向かう。
『ピボッ、西棟地下5階です! 今日も一日頑張っていきましょう!』
ラボは東西南北でそれぞれ役割が決まっており、東棟はインフラ設備、西棟は居住区と倉庫、南棟は研究所と収容所、北棟は司令室と訓練所、といった具合に分担されている。
越や剱などの戦闘要員はもっぱら北棟と西棟にしか行かず、山田才などの研究者や技術者だけが全方位の棟に足を踏み入れている。
「ありがとう……っとSorry I’ll get off here」
ピボに感謝を示し、目の前の外国人数名には謝意を伝えてから、越はエレベーターから降りる。
目的地は少し先にある大食堂で、中に設置されている階段から地下4階に上がることもできる構造だ。
そこでは好きなものを好きなだけ選んで食べられるシステムになっており、育ち盛りだったり日々の任務で憔悴したりしている職員の心身を支えていた。
(今日の朝は野菜たっぷりのハンバーガーと牛乳にしよう。それが良い)
そう心に決めて歩いていると、大食堂の活気が次第に伝わって来る。
その外で稼働している女性ウェイター姿のピボが3体、その内の1体も近づいて来る。
「今日もご利用いただきありがとうございます越さん! ご注文はどうします?」
北館のマザーコンピューター内に保存している職員の個人情報を、顔認証で照会する。
そのため、職員証などの提示はしなくても問題は無い。
ラボでは、厳重な警備が敷かれているエリアはもちろんこの限りではないが、こういった日常生活においては個人の判断に委ねていることになっていた。
「ハンバーガー1個と牛乳400mlを」
「承りました! まもなく調理は完了しますのでもうしばらくお待ちください」
「ありがとう」
時刻は08:18、食堂まで並んでいる行列には30人。
普通の飲食店ではここから越の予定に間に合わせるのは無理だろう。
だがしかし、ここは時代の先を行く技術の集合体!
先ほどのウェイターは注文を伺うと同時に、キッチンで常時15〜20体で稼働している二脚型ロボにその内容を送信しているため、そこから互いがぶつからない上でなおかつ素早く調理ができるように、それぞれの移動経路を随時更新しているのだ!
また、食材を共用できるところは冷蔵庫から1個1個取り出す手間を減らし、加熱する必要があるレシピが被れば大きな鉄板で1度にそれらを調理する……
工夫点は先に言ったような飲食店とは変わらないが、ここでその点を活用するのは人間ではなくロボット!
単純な比較に包丁によるキャベツ1/4玉分の千切りを挙げると、人間ならば6〜10秒かかるが、ロボットの場合は半分以下の2秒であり、作業スピードは従来の態勢とは一線を画す!
よって、職員が時間配分を間違えていたりハードウェアのエラーが起こったり、滅多な事が起きたりしない限りは必ず間に合うようになっている!
08:25
「界進越さん! ご注文の品が出来上がりました! 受け取り口までお越しください!」
調理時間で順番が前後するので、前に立っている20人より先に呼び出される。
始業時間まで残り20分だが教室は地下3階にあり、そこまでの移動時間もあまり気にするほどではないので、今の越にはかなり余裕があることになっている。
「それではごゆっくりどうぞ!」
越はその一言に会釈をし、包装されたハンバーガーとグラスに入った牛乳を手に取る。
(さてと、座るところは有〜った)
探し出す間もなく、おひとり様用の席を見つける。
(今日は任務帰りの団体客が多いのか?)
越は着席したその束の間に、殆ど満席になっているシートをちら見して思う。
ただ、すぐに目をとても分厚いハンバーガーに向け直し、その手で包み紙を剥くことになるが。
そうして剥き終わると、小麦の香ばしさが鼻を突き抜けると同時に、色が見事に赤、緑、ブラウンと分かれているアメリカのソウルフードが顕現する。
(いただきます)
一口頬張ると瞬間、粗挽きで1cmもの厚いパティから肉汁が溢れる。
加えて、噛む度にトマトとピクルスの酸味が脂っこさを打ち消して後味をまとめ、《シャキシャキ》とレタスとオニオンの音が耳に囁く。
(うん、美味い。パティだけじゃなくて野菜も良いと本当に美味くなるな)
咀嚼して飲み込んだら、牛乳で水分と栄養を補給する。
そしてまたバーガーを食べ、牛乳を飲み、バーガーを2口食べ、牛乳を飲む……
これを繰り返している内にやがてバーガーは食べ終わり、牛乳を半分飲み干していた。
08:29
残りを一気飲みし、カウンターにグラスを返して、ダストボックスにゴミを捨てる。
「ごちそうさんです」
そう言い残すとダッシュで階段を駆け上がり、4階から大食堂を出た。
08:36 教室前の廊下
越が目的地に着くと、自動ドアが《ウィーン》と開く。
『おはようございます、越君』
「おはようです、ピボ先生」
彼を出迎えたのは、恰幅の良い口髭を生やしたおじさん。
もちろん、これもピボの持つ形態の1つだ。
『今日は複素数の続きですが、学習度チェックのために10分間小テストをしますので、スクリーンに写っているQRコードを読み込んで準備しててくださいね』
「分かりました」
適当な席に座るとバックパックから支給されたタブレットを取り出して、言われた事をこなす。
ラボは職員の中に希望者がいれば、最低でもその国での義務教育レベルと同等の授業を提供することになっている。
そのため、越以外に既に室内にいた63名全員もまた、人種も年齢も様々である。
08:45
《キーンコーンカーンコーン》と聞き馴染みのあるチャイムが、黒板上のスピーカーから鳴り響く。
「それでは開始してください」
日本語が聞き取れない、読めないという者には専用のイヤホンと翻訳メガネを支給しているため、全員がその一言で一斉にテストを始める。
16:30
途中で大食堂で昼食をとりながら、今日の授業を全て受け終える。
「疲れたー……」
そうぼやきながら、越は背伸びする。
「確か今日は剱も別教室で授業してたっけな……少し連絡してみるか」
タブレットをしまう前にチャット機能で文字を打つ。
『なぁ剱、今暇か?』
『おっ、いきなりどうした越? ついさっきラボで授業受け終わったから暇だけどよ』
『この後特に予定が無いなら、北棟3階の第4訓練場でウォーミングアップしてくか?』
『良いぜ、久しぶりに白黒つけようじゃねぇか』
『OK、そうと決まったら先に行ってくる。16:45で良いか?』
『問題なし、首を洗って待っておけよ』
『そっちこそ、脛当て忘れるんじゃねぇぞ』
16:47 訓練場
38分にはもう入場していたが、手持ち無沙汰だった越は軽く動的ストレッチをしながら親友を待つ。
(2分か……たいして長い時間じゃねぇけど、あいつが遅刻なんてのは珍しいな)
少し心配になっていると左側にあったドアが開き、ようやく剱が入室する。
彼の外見はあの時の任務と全く同じで、頭に赤二本線を染めた白い鉢巻、黒の上下服と背中に家紋を入れた白の着物で、足には炭素繊維製の草履を履いていた。
相違点を挙げるなら、今回はウォーミングアップという事で、腰には模擬戦仕様の脇差と大拵を差している。
「申し訳ない! 少し遅くなっちまった!」
「いやそれは別に良いんだが、なんかあったのか?」
「まぁざっくり言えば、ここに向かう途中で時雨と偶然出会ってよ。少し挨拶したり駄弁ってたりしたら『私も観戦したい』って言い出してきてな、それで彼女を案内してたら遅れてしまった」
「というわけでさっきも言ったように、遅れてしまったのは申し訳ない!」
深々と90度のお辞儀。
「いや別にそこまで頭を下げなくとも大丈夫だって……とりあえず話聞く限りだと、時雨は今あの窓ガラスの向こうで俺たちを見てるんだよな?」
少々狼狽えつつも剱の頭を上げさせると、訓練場に隣接しているモニタールームの方を指差す。
「あ、あぁ、そうだな」
「OK、そういう事なら始めよう」
普段使っているガントレットと同じ形状の模擬戦仕様のグローブを装備している越が、構えを取り始める。
「もしかしてやる気が上がったのか? ダチ公」
剱がニヤつきながら大拵から打刀を引き抜く。
「いや、戦う前に確認をしただけだ」
「だったら、これでお互い目の前の事に集中できるな」
「あぁ、そうだな」
両者の顔から笑みが消える。
『それでは、これから界進越と大嶽剱による模擬戦を開始します。両者、準備はできていますか?』
「できてます」「こちらも同じく」
応答された研究員が、機械音声にカウントを始めさせる。
『3,2,1……』
数字が小さくなるほど、2人の目は一点にのみ集中する……
『GO!』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます