LIMIT03:目を見開け
「ハァ……ハァ……ハッ……ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……ッ……!」
ここは月光が一筋も届かない深淵、暗視ゴーグルは無効化されているために視覚は塞がれ、2人から発生する音と風切り音以外は何も聞こえない。
そのために触覚は過敏になっていて、流れ込んでくる風が《ドバッ》と溢れ出た汗に当たることで、越とサラスに不必要なほどに身震いを促していた。
「サササ、サラスさん! どこです!?」
彼女の【
そうとくれば、越は早速キャンプへ連絡する。
「こちら越! 誰か聞こえてますか!?」
『こちらアードラー、さっき班長から事の経緯を聞いたが大丈夫か?』
「俺とサラスさんは無事です! 向こう2人はどうなってます!?」
『そっちは
「了解!」
そして深呼吸。
「で、改めて無事なんです?」
「そうだ。ただ、明日人のパワーが足りないために剱は置いて脱出している最中らしい』
「了解、最後にサラスさんに俺の位置情報を教えて下さい」
『既にやっている所だ。後は幸運を祈るぞ』
通信終了。
もう一度深呼吸をしたら、サラスへ話しかける。
「俺をそっちへ投げれます?」
「今確かにフロッグさんから聞きました……が少し待ってください……微調整が今難しくて……」
いきなり地面が消えた驚きと死への恐怖で、未だに彼女の鼓動は収まっていない。
加えて今は【能力】の維持のしているために、越とは比べ物にならないほど消耗している。
そのために、彼以上に体力の回復に時間を要していた。
「それじゃ行きますよ……ズレたらあとはそっちでお願いします……ね!」
サラスがようやく落ち着く。
そうとなればいざ決行! 力んで寄せると同時に、彼にかかった分の浮遊を解除する!
「よっと!」
五感全てを駆使して確実にサラスを抱きしめ、慣性でそのまま壁へ突っ込む!
「しっかり掴まってくださいよ!」
空中で体を捻りながら【
そのまま力強く踏み締め、反対方向へ壁を蹴り跳ぶ!
《ドッドッドッ!!!》
414%の脚力で壁蹴り3連続!
《ズザザーーー……》
最後は弧を描いてスライド着地!
それと同時に剱たちが落ちた穴から光が溢れ、明日人が現れ出る!
彼もスライド着地を決めると、越と顔を合わせる。
「どうやらお互い脱出に成功したようっスね」
「そうだが、早く取り残された奴も助けねぇと」
「それならこっちっス」
言葉を少し交わした後、颯爽と駆けつける。
「剱ぃー! 大丈夫かぁー!?」
かなり深くまで落ちたのか、すぐに返事が返ってこない。
しかし焦らない。ダチ公コンビは信頼し合っているから。
「その声は越か! 俺は元気ピンピン! 怪我は特にないが、それよりもそっちはどうだ!?」
先ほどキャンプから安否は確認しているのに加え、信頼し合っている。
だが、数秒間も声が聞こえなかったので、それはそれとして胸を撫で下ろす。
「俺たちも何とか無傷! 今サラスさんが助けるからもう少しの辛抱だ!」
「それでは浮かせますから、身構えてて下さいね!」
「りょーかーい!」
ちなみに剱は刀を壁に刺して、捻って、寝かせる事で壁に宙吊りになっているが、視認ができない上に詳細を聞く時間も惜しいので、明日人以外の2人はそれを知る由もなかった。
「ほら、手を掴め!」
「あんがとな……ヨイショっと……」
両手でしっかりとダチ公の手を握り、引き揚げられる。
「助かったぁ……ありがとう、サラスさん、それと越に明日人」
「これぐらいお安いご用です」
汗を拭いながら感謝する剱に、ニコリと微笑みかけるサラス。
「だけど不気味っスね」
「何がだ?」
顎に手を当てている明日人に、越は顔を向けて問い掛ける。
「さっきまで俺たちがひとまとまりになってたんだから、そこにもう1度穴を開ければ今度こそ一網打尽なのに、それをしなかったのが不気味って話っス」
「多分サラスさんと敵の【能力】が相性悪すぎるのと、何かしらの制限があるのかもな」
そう言うと、剱を助けた直後にそのまま座り込んでいたので、立ち上がって体ごと向き直る。
「俺は1日に1回だけ限界を越えられ、剱は1日に5種類の刀を生み出せ、サラスさんは1度で軽トラ分の重さは3秒浮かせ、お前の場合は拳の炎を1度で15秒間噴射できる。その理論で考えれば、俺たちが落ちたのと同じ規模の穴は同時に2個まで開けられるが、インターバルを要するって感じなんだろ」
「でしたら、問題はインターバルがどれだけ長いのかですね、エツ君」
「だけどもここまでしてよぉ、得られた情報が実質無いのと同意義ってのは、ちょいとばかりキツいんじゃねぇかな……」
「そうなんだよなぁ……俺に同意してくれたとはいえ、申し訳ない」
越は《ポリポリ》と頭を掻く。
「結果的にみんな無事だったからそれは良いっスけど、それよりもここ村の中心でしたよね」
「あぁ」「そうだな」「中心ですね」
「前半でここまで探しても案の定誰一人いないし、これ以上妨害に遭えば牽制も意味を為さないっス。例のカプセルも1個撒くだけで十分でしたし、個人的にはもう引き返した方が良いと思うっスよ」
明日人の言うことも一理ある。
キャンプでの作戦会議で、彼らの仕事は、増援が来るまでの時間稼ぎと追加調査だと既に言われている。
相手はしばらく【能力】で襲ってくる事はない。
要救助者がいないのも再確認できた。
きっちりとやるべき事はこなした。
キャンプで小言を言われることは、少なくともないはずだ。
「だったら、最小人数で機動力のある俺と明日人でこの先を進むってのはどうだ?」
「えっ!?」
帰りたいのになぜか自分も一緒に進むことを提案され、明日人は困惑を顕著に表す。
「ここまで来たら俺達が自分の手で見つけるしかないだろ。相手がどんな手を使っているのか分からんが、あの千紗さんの目を誤魔化せ、ナノマシンにも反応させていない。この調子じゃ剱の『敵は2人』って言葉も怪しくなる」
「一応俺は本調子なんだがな……」
少し
「まぁまぁ、お前自身を信じてはいるが、相手のせいで事態がおかしくなっている、ってだけだから落ち込むな。それよりも明日人、どうするか答えてくれるか?」
呼ばれた本人は終始苦い顔をしていたが、ここでようやく観念する。
「あーもう分かりましたよ! ただ、ここまで来たら必ず見つけ出すっスよ!」
「もとよりそのつもりだ。2人は先に帰って、またキャンプの護衛を頼む」
「応」「分かりました」
指示した後、越は無線機に手をかける。
「千紗さん」
『私の方からアードラー達に伝えておく。それと言っておくが、説教の時間は増やすからな』
「了解……」
イタズラがバレた飼い犬のように、弱々しくなっていく越。
「んじゃ明日人……後半の左側は任せた……」
「りょ、了解っス……」
カプセルを明日人に手渡しすると、2人は散策を始める。
『そこを5m、次は3m、おまけに最後は7m前だ』
「了解」
なんやかんやありつつも気を取り直した越は、今現在フロッグのアシスト付きで、民家の屋根を跳びまわる。
(敵が【能力者】である限り、予備動作は必ずあるはず。本当は何もさせずに捕まえたいが、それはできたらラッキーと思って探すか……)
『4m、6m、1m ──』
「フロッグさん」
呼びかけると同時に立ち止まる。
『どったの?』
「今更ですが、ナノマシン自体に異常があったりしないですよね?」
『そっちについてはありえるかもだが、同じ時期に同じ製造ラインで作られた物はちゃんと機能しているから、オイラ的に可能性は低い──」
《ドッゴーン!!!》
通信がいきなり途切れ、キャンプ方面から自分達が穴に落ちた時と同じ轟音が響く!
「フロッグさん! 皆!? マジかよ……!? いきなりにも程があるだろ……!?」
すると近くで、微かに違和感を覚える!
(今度はなんだ!? こんな時に偶然か!? いや待てよ、こんな時だからこそ落ち着け……【能力】を発動する時には予備動作があるってさっき自分で言ってただろ……と言うことは、急げばまだいるはず!)
屋根を数軒跳び越えると、普通の霧の中で何故かガスマスクをつけた男を裏庭で見つける!
【教団】のローブを身に纏っていることから、敵の正体は【賜り者】であることも判明!
「ビンゴ!」
「何だ!?」
思いがけずに空中から大声で叫ばれ、硬直するローブ!
「
越の全体重を乗せた掌底を顔に喰らい、地面に押さえ込まれる!
さらにしっかりと顔を掴まれる!
「ガッ……!」
「思った通り! あんたが穴を開けた瞬間、隠していた気配が漏れてたんだよ! どうやら同時操作は苦手なタイプらしいな?」
「……それ、全く同じことを仲間にも言われたなぁ……」
「おっと、気を逸らして逃げようとしてもそうはいかねぇぞ。少しでも敵意を向けて来た場合、気絶するまでボコボコにする」
それを聞いたローブは、歪んだガスマスクの奥で《ニタリ》と笑う。
「俺が『気を逸らす』……? そんな回りくどいことしなくて……俺は逃げられるんだよ!」
語尾が強くなったと思えば、ローブの姿が忽然と消えた!
その影響なのか、越は吐き気を催すが【
「ハァッ!」
気が動転した彼は思わずのけぞるが、すぐに千紗と通信する!
「千紗さん!」
『私にも視えなくなった』
「クソッタレ!」
『だが上出来だ。コマンドの能力で、キャンプは無事だからいつでも行けるぞ』
「それ聞けて良かったですよ!」
「こちら越! フロッグさん聞こえます!?」
『あぁバッチリとね!』
「今さっきカプセルを至近距離でぶつけました! この周囲で1番ナノマシンが濃い部分を狙うように、フリーさんとコマンドに伝えてください!!」
『あんがとな!』
通信を切り、後ろに声をかける。
「聞こえたろ! お2人さん!」
「あぁ。しかとその思い、受け取ったぞ」
四つん這いでライフルスコープを覗きながら話すフリーの体に、コマンドは保険で手を添える。
「1発良いのをぶちかましな」
「了解」
彼の目の前には木々が入り組んで立ちはだかる。普通は数百m先のターゲットを撃ち抜くことは不可能。
だが、不可能を可能にするのが【能力】の本質。それが【
(風速、気温、湿度……全て問題無し)
息を吸って……吐いて……吸って……吐いて……止める。
《タァァァァァァン……》
ビブラートを効かせた銃声が、越と明日人の耳に入る。
「……ッ!」
麻酔ガスを封入した弾が全ての遮蔽物をすり抜け、ガスマスクに命中する。
痛いために呻こうとするも、欠けてしまった部分から内容物を吸い込んでしまい、彼は声にならない声で地に倒れた。
『明日人君、君が【賜り者】に最も近いから捕縛してくれ』
「了解です、千紗さん」
【賜り者】を抱えていた明日人と越が合流した後、キャンプへ向かう。
2人がたどり着く頃には朝日が上り、増援部隊を乗せた輸送機が姿を現し始めていた。
「皆、今回もご苦労だった。気の利いたことを言うのは難しいので手短に要件を伝える」
「本任務に携わった者は先に、健康診断を受けてからラボに帰還することになっている」
「受け終わった者は、各自乗り込んでいたヘリで全機の離陸準備が終わるまで待機してくれ。以上だ」
「「「「「了解」」」」」
「にしてもナイス機転だったぜ、越!」
「まぁな、ただ今日はなんか嫌に疲れちまった……」
「遊園地にあるフリーフォールと似たような経験をしましたからねぇ」
「それを聞いちゃったら、しばらくは絶叫アトラクションには乗れなくなりそう……」
2人はその言葉に吹き出す。
「オメェそんな肝が小さい奴じゃねぇだろ?」
「本当にそうですよ、何て言ったって今日のスタイリッシュ壁ジャンプは心が強くないと無理ですからね」
「そんな事してたのか? カッケェーなぁ!」
「よせやい照れる〜」
年相応にノリが良い越は、満更でもなさそうに鼻の下を擦りながら謙遜する。
「だけどな、明日人も明日人でこいつ、インドの大道芸みたいに火を推進力にして壁走りしてたんだぜ?」
「そんなことしてたのか?」「そんなことしてましたの?」
「「カッケェーなぁ!」」
「よせやい照れる〜」
せっかく同じ任務に参加したのだからノリを合わせ、明日人は手を縦に振りながら返す。
こうして、仲間達は部隊の垣根を気にせず、診断の合間で談笑したり今回体験した出来事を共有したりして、長かった任務は締め括られた。
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